NotionのプロダクトリーダーであるMax Schoening氏の提言を起点に、AI時代における人材と組織のあり方を考察します。生成AIの台頭で特定の「スキル」が急速に陳腐化する中、なぜ「Agency(主体性)」が重要視されるのでしょうか。日本の組織文化やリスキリングの現状を踏まえ、実務への示唆を解説します。
AIの進化がもたらす「スキル」のコモディティ化
生成AIや大規模言語モデル(LLM:膨大なテキストデータを学習し、人間のように自然な文章を生成・理解するAI)の進化により、ビジネス現場の前提が大きく変わりつつあります。Googleなどでプロダクトマネージャーを歴任し、現在はNotionでプロダクトリーダーを務めるMax Schoening氏は、「AI時代においては、スキルを磨くことよりもAgency(主体性・自律的行動力)を育むことのほうが重要である」と提起しています。
これまで、プログラミング言語の構文を暗記することや、特定のソフトウェアの操作に習熟することは、市場価値の高い「スキル」とされてきました。しかし、現在ではAIが自然言語の指示(プロンプト)をもとにコードを生成し、適切な文章を起案し、データ分析まで実行してくれます。ハードスキルと呼ばれる定型的な技術の多くはAIによってコモディティ化(一般化・大衆化)しつつあり、特定のツールや言語に依存したスキルの寿命はかつてないほど短くなっています。
なぜ今「Agency(主体性)」が求められるのか
スキルの価値が相対的に低下する中で浮上するのが「Agency」の重要性です。ビジネスにおけるAgencyとは、自ら課題を発見し、目標を設定し、周囲の環境やツール(AIを含む)を駆使して自律的に解決へと導く力を指します。
AIは強力な実行支援ツールですが、現時点では「何を解決すべきか」「どの出力がビジネスの目的に合致しているか」をゼロから自律的に決定することはできません。また、AIにはもっともらしい嘘を出力する「ハルシネーション(幻覚)」という限界もあります。そのため、AIの出力を鵜呑みにせず、自らの責任で評価・修正し、最終的なビジネス価値へと変換する人間のAgencyが不可欠になるのです。プロダクト開発においても、ただ仕様書通りにコードを書くエンジニアより、AIを壁打ち相手にしながら「ユーザーにとっての真の価値は何か」を問い続けられる人材が求められます。
日本企業の組織文化と「リスキリング」の落とし穴
この変化は、日本企業の人材育成やDX(デジタルトランスフォーメーション)推進に重要な問いを投げかけています。現在、日本国内では「リスキリング(学び直し)」がブームとなっていますが、その多くが「Pythonの基礎を学ぶ」「資格を取得する」といった旧来型のスキル習得に偏りがちです。
また、日本の伝統的な組織文化には、失敗を避ける「減点主義」や、階層的な承認プロセス(稟議制度)が根強く残っています。このような環境下では、従業員がAIを使って新しい業務プロセスを試そうとしても、リスクを恐れて行動を起こさなくなりがちです。どれだけAIツールを導入し、プロンプトエンジニアリングの研修を行っても、組織側に「個人の主体的な試行錯誤(Agency)」を許容する土壌がなければ、AIの真のポテンシャルを引き出すことはできません。
ガバナンスと心理的安全性が「Agency」を育む
では、企業はどのようにして従業員のAgencyを育めばよいのでしょうか。逆説的ですが、自由な主体性を引き出すためには、明確な「ガードレール(AIガバナンス)」の整備が必須です。
機密情報の入力に関するルールや、生成AIが出力した結果を商用利用する際の著作権・コンプライアンス上のガイドラインを明確に定めることで、従業員は「ここまでなら自由に試してよい」という境界線を知ることができます。経営層やマネジメント層の役割は、細かな手順を指示することではなく、安全に失敗できる環境(サンドボックス)と心理的安全性を提供し、自律的なチャレンジを評価する仕組みを作ることへとシフトしていくべきです。
日本企業のAI活用への示唆
ここまでの考察を踏まえ、日本企業がAI活用と組織づくりを進める上での要点を整理します。
1. 「スキル育成」から「課題解決力(Agency)の育成」へのシフト
ツールの使い方を教える研修から一歩踏み込み、「自社の業務課題をどうAIで解決するか」を従業員自身に考えさせる実践的なプロジェクトを組成することが有効です。AIはあくまで手段であり、目的を設定する人間の力を評価する指標を取り入れましょう。
2. 守りのガバナンスで「攻めのAI活用」を後押しする
「情報漏洩が怖いから利用を禁止する」のではなく、入力データがAIの学習に利用されないセキュアな法人向けAI環境を導入し、明確な利用ガイドラインを策定してください。ルールが明確になることで、現場の主体的な活用(Agency)が促進されます。
3. 減点主義からの脱却とアジャイルな組織風土の醸成
AIを活用した新規事業開発や業務効率化においては、最初から完璧な結果を求めるべきではありません。小さな失敗から学び、迅速に改善を繰り返すプロセスを許容する組織文化へのアップデートが、AI時代を勝ち抜く最大の鍵となります。
