21 1月 2026, 水

AI時代の「人格権」とビジネスリスク:マシュー・マコノヒーの事例に学ぶ、日本企業が備えるべき知財・ガバナンス

米俳優マシュー・マコノヒーがAIによる無断利用を防ぐため、自身の画像や声、キャッチフレーズの商標登録に動きました。この動きは単なる芸能ニュースではなく、生成AI活用における「パブリシティ権」と「リスク管理」のあり方が転換点を迎えていることを示唆しています。日本企業がマーケティングやサービス開発で直面する法的・倫理的課題について解説します。

AIによる「人格の模倣」への対抗策

米国の著名俳優マシュー・マコノヒーが、自身の肖像や声、そして象徴的なキャッチフレーズをAIによる不正使用から守るために商標登録を行ったというニュースは、AIガバナンスの文脈で非常に重要な意味を持ちます。これまでもディープフェイク技術への懸念は議論されてきましたが、OpenAIの音声機能とスカーレット・ヨハンソンの類似性を巡る騒動以降、権利者側が防衛策を法的に具体化させる動きが加速しています。

従来の著作権法では、特定の「作品」は保護されますが、「声質」や「雰囲気」、「画風」といった抽象的な要素の保護は限定的でした。マコノヒーの戦略は、これらを「商標(ブランド)」として定義することで、AIによるクローン生成や模倣を「ブランド毀損」や「不正競争」の枠組みで阻止しようとする試みです。

日本における「パブリシティ権」と生成AIのリスク

日本国内に目を向けると、状況はさらに複雑です。日本には米国のような成文法としての「パブリシティ権(顧客吸引力を有する肖像等の経済的価値を独占する権利)」は存在せず、判例に基づいて認められている権利です。生成AIが特定のタレントや有名人の声・容姿を学習し、それに酷似したコンテンツを生成した場合、このパブリシティ権の侵害に当たるかどうかが問われます。

日本の著作権法第30条の4は、AIの学習(開発)段階においては世界的に見ても柔軟な(権利制限の対象とならない)規定を持っていますが、生成・利用段階において既存の著作物や特定人の肖像に酷似したものを出力し、商用利用することは侵害のリスクを伴います。特に、日本の芸能界はタレントの権利保護に厳格な商習慣があり、AI生成物が「なんとなく似ている」だけでも、コンプライアンス上の大きな火種になり得ます。

企業実務への影響:契約とガバナンスの再定義

日本企業がAIを活用した広告制作や、アバター接客などのサービス開発を行う際、以下の点に留意する必要があります。

まず、タレントやナレーターとの契約形態の見直しです。従来の契約では「撮影した素材の利用」が前提でしたが、今後は「AIによる学習」「音声合成によるテキスト読み上げ」「デジタルツインの生成」に関する許諾が明記されている必要があります。曖昧な契約のままAI活用を進めれば、将来的に巨額の損害賠償やブランドイメージの低下を招く恐れがあります。

また、社内における「従業員の権利」も看過できません。例えば、カスタマーサポートの自動化に従業員の声をクローンして使用する場合や、経営者のアバターを作成して社内広報に使う場合などです。本人の同意はもちろん、退職後のデータの取り扱い(削除権)などを規定した社内ポリシーの策定が急務となっています。

日本企業のAI活用への示唆

マコノヒーの事例は、AI技術の進化に対し、法的な権利保護の枠組みが追いつこうとしている過渡期の象徴です。日本企業は以下の3点を意識して実務を進めるべきです。

  • 契約書のモダナイズ:外部タレント、クリエイター、及び従業員との契約において、AIによる学習・生成・複製に関する条項を明確に追加すること。
  • パブリシティ権リスクの厳格な審査:生成AIを用いてキャラクターや音声を生成する際、実在の人物(故人を含む)や他社IPに酷似していないか、類似性調査のプロセスを開発フローに組み込むこと。
  • 「真正性」の担保:自社コンテンツがAI生成か人間によるものかを明示する透明性を確保し、消費者の信頼を損なわない倫理規定(AI倫理ガイドライン)を整備すること。

技術的な「できること」が増える一方で、社会的な「やるべき手順」も複雑化しています。法務・知財部門と開発・事業部門が連携し、攻めと守りのバランスが取れたAI戦略を描くことが求められています。

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