ハリウッドの人気シリーズ『ストレンジャー・シングス』の制作現場におけるChatGPT利用疑惑と、それに対する「リサーチのために誰でも使っているのではないか」という擁護コメントは、生成AIがすでに業務の「インフラ」化している現実を浮き彫りにしました。本稿では、このニュースを起点に、日本企業における「シャドーAI」の実情や、調査・補助ツールとしてのAI活用のあり方、そして法務・ガバナンス上の留意点について解説します。
「誰でも画面を開いている」という現実
最近、人気ドラマ『ストレンジャー・シングス』の制作過程において、脚本家チームがChatGPTを利用しているのではないかという議論が一部で巻き起こりました。これに対し、関連ドキュメンタリーの監督が「(脚本を書かせるためではなく)ちょっとしたリサーチのために、今や誰もが画面を開いているのではないか?」とコメントしたことは、非常に示唆に富んでいます。
この発言は、生成AIがもはや「魔法のような自動生成ツール」としてだけでなく、Google検索やWikipediaと同様の「日常的な業務支援ツール」として定着しつつあることを示しています。日本国内の企業においても、公式には導入していなくとも、従業員が個人の判断でブラウザのタブを開き、翻訳や要約、アイデア出しの壁打ち相手として利用しているケースは珍しくありません。
「生成」と「調査」の境界線と法的リスク
ビジネスの現場で重要になるのは、「AIに成果物を作らせる(生成)」ことと、「AIを調査や思考整理に使う(補助)」ことの境界線です。今回のハリウッドの例でも、争点は「AIが脚本を書いたか(著作権や創造性の侵害)」ではなく、「調査ツールとして使っただけか」という点にありました。
日本の著作権法の観点では、AIを利用してアイデアを出したり、情報を整理したりする段階(アイデアにとどまる利用)では、直ちに著作権侵害となるリスクは低いとされています。しかし、AIが出力した文章やコードをそのまま最終成果物として利用する場合、既存の著作物との類似性や依拠性が問われるリスクが生じます。
企業としては、「AIを使うこと」自体を禁止するのではなく、「どのプロセスで、どのように使うか」を定義することが求められます。例えば、情報収集やブレインストーミングでの利用は推奨しつつ、最終的なアウトプットに対する人間によるファクトチェックや権利確認を義務付けるといった運用ルールが現実的です。
日本企業における「シャドーAI」への対応
「みんな使っている」という状況を放置することは、セキュリティ上の大きなリスクとなります。いわゆる「シャドーAI」の問題です。従業員が業務データを個人の無料版ChatGPTに入力してしまい、そのデータがAIの学習に使われて情報漏洩につながる懸念があります。
日本企業、特に製造業や金融機関など機密情報を扱う組織では、一律禁止の措置を取ることも多いですが、これは従業員の生産性を著しく阻害する可能性があります。むしろ、エンタープライズ版の契約やAPI経由での利用環境を整備し、「入力データが学習されない環境」を会社として提供することが、ガバナンスと生産性を両立させる唯一の解と言えます。
プロセスの透明性と説明責任
今回のニュースが示唆するもう一つの点は、AI利用の透明性です。クリエイティブな領域に限らず、コンサルティング資料やシステム開発のコードにおいて、「どこまでがAIで、どこからが人間の付加価値か」が問われる場面が増えています。
特に受託開発や納品物を伴うビジネスにおいては、発注元との契約でAI利用の可否や範囲をあらかじめ定めておくことがトラブル防止につながります。日本国内の商慣習としても、これからは「AI利用ガイドライン」への準拠を取引条件とするケースが増えてくるでしょう。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例を踏まえ、日本のビジネスリーダーや実務者が意識すべきポイントは以下の3点です。
1. 「隠れ利用」を前提としたガバナンス構築
従業員はすでにAIを「リサーチツール」として使っているという前提に立ち、禁止するのではなく、安全な利用環境(学習データへの不出、ログ監視など)を整備してください。
2. 「調査・発想」と「生成・出力」の区分け
社内ガイドラインにおいて、AIを思考の補助として使うフェーズと、その出力を対外的な成果物として使うフェーズを明確に分け、後者には厳格な人間によるチェック(Human-in-the-Loop)を必須としてください。
3. AIリテラシー教育の転換
単なるプロンプトエンジニアリングの研修だけでなく、「著作権侵害のリスク」や「ハルシネーション(嘘の出力)を見抜く力」など、AIを道具として使いこなすためのリスク管理教育を強化することが、組織全体の競争力につながります。
