生成AIの活用は「対話」から「自律的な業務実行(エージェント)」へと進化しつつあります。SAPが2025年第4四半期のハイライトとして発表した「SAP LeanIXにおけるAIエージェントハブ」は、企業内で増殖するAIエージェントをいかに管理・統制するかという、新たな課題への回答を示唆しています。本記事では、この発表を起点に、日本企業が直面するであろう「AIエージェントのガバナンス」について解説します。
単なる「チャット」から「エージェント」への進化
2023年から2024年にかけての生成AIブームは、主に「Copilot(副操縦士)」としての役割、つまり人間が指示を出し、AIが下書きや要約を行う支援型の活用が中心でした。しかし、2025年の技術トレンドは明らかに「AIエージェント」へとシフトしています。
AIエージェントとは、人間が詳細な指示を逐一出さなくとも、設定されたゴールに向かって自律的にタスクを分解し、外部ツールと連携して業務を完遂するシステムを指します。例えば、「サプライチェーンの遅延リスクを分析し、代替案を作成して発注担当者に承認依頼を出す」といった一連のプロセスをAIが自律的に行います。
この進化は業務効率を劇的に高める一方で、企業にとって新たなリスクをもたらします。それは「社内のどこで、どのようなAIエージェントが稼働しているか把握できない」というリスクです。
SAP LeanIXと「AIエージェントハブ」の意図
今回、SAPが2025年Q4のリリースハイライトとして言及した「SAP LeanIXにおける新しいAIエージェントハブ(AI agent hub)」は、まさにこの課題に対応するものです。
LeanIXはもともと、企業内のIT資産やアーキテクチャを可視化・管理するエンタープライズアーキテクチャ(EA)ツールです。ここに「AIエージェントの管理ダッシュボード」が組み込まれることには大きな意味があります。それは、AIエージェントを単なる「便利ツール」としてではなく、ERPやクラウドサービスと同様に「管理すべきIT資産」として扱うべきだというメッセージです。
企業内で各部門が独自にAIエージェントを開発・導入し始めると、いわゆる「シャドーAI」や「野良エージェント」が乱立します。これらが予期せぬ挙動をした場合、誰が責任を持つのか、どのデータを参照しているのかがブラックボックス化してしまいます。SAPのアプローチは、こうしたエージェントを一元的に可視化し、ガバナンスを効かせるためのプラットフォーム整備といえます。
日本企業における「AIガバナンス」の実務的課題
日本企業、特に大手製造業や金融機関においては、堅牢な承認プロセスや職務分掌が存在する一方で、現場主導の改善活動も活発です。AIエージェントの導入において、この二面性はメリットにもデメリットにもなります。
現場が良かれと思って作成したエージェントが、知らぬ間に全社のセキュリティポリシーに違反したり、不正確なデータを元に自動処理を行ったりするリスクは、従来のExcelマクロの属人化問題よりも深刻です。マクロは動くだけですが、AIエージェントは外部システムへ勝手にアクセスしたり、メールを送信したりする能力を持ち得るからです。
また、日本の商習慣においては「責任の所在」が曖昧になりがちです。AIエージェントが誤発注した場合、それは開発者の責任か、利用者の責任か、あるいはAIベンダーの責任か。法規制が追いついていない現状では、企業独自にガイドラインを策定し、技術的に制御(ガードレール)を設ける必要があります。
日本企業のAI活用への示唆
SAPの動向は、グローバル企業が「AIを作る・使う」フェーズから「AIを管理・統制する」フェーズへ移行していることを示しています。日本企業が取るべきアクションは以下の通りです。
- AI資産の棚卸しと可視化:社内で稼働しているAIモデルやエージェントを台帳化し、管理下(インベントリ)に置く仕組みを早期に検討してください。LeanIXのようなツールはその一例ですが、まずはExcelや既存のIT管理ツールでも構いません。「何が動いているか」を知ることがガバナンスの第一歩です。
- 自律レベルの定義:AIにどこまでの権限を与えるか(Read onlyか、Write権限も与えるか、最終承認は人間が行うか)を明確なポリシーとして策定してください。特に日本企業では「Human-in-the-loop(人間がループに入ること)」を最終防衛ラインとしてプロセスに組み込むことが、現場の安心感と品質担保に繋がります。
- IT部門と事業部門の連携強化:AIエージェントは事業部門が主導で導入するケースが増えます。IT部門は「禁止」するのではなく、安全に走らせるための「道路(プラットフォーム)」と「信号(ルール)」を提供する役割に徹するべきです。
