医療分野におけるAI活用は、単なる技術的な実証実験のフェーズを終え、既存の医療システムへの深い統合が進む「インフラ化」の段階に入りつつあります。米国を中心に、電子カルテ(EHR)ベンダーによるAI機能の標準装備化が進む中、2026年に向けて日本の医療機関やヘルスケア企業が直面する課題とチャンスを解説します。
「単体ツール」から「プラットフォーム機能」への移行
2026年に向けた最大のトレンドの一つは、AIが単体のアプリケーションとしてではなく、電子カルテ(EHR:Electronic Health Record)や既存の医療情報システムの一部として提供される傾向が強まることです。元記事でも触れられている通り、大手EHRベンダーが生成AI機能を自社プラットフォームに組み込む動きを加速させています。
これまで多くの医療機関は、画像診断支援や音声入力などの特定タスクのために、スタートアップが開発した個別のAIソリューションを導入してきました。しかし、これは「システム間の連携不足」や「二重入力の手間」という新たな課題を生んでいます。今後は、ワークフローに溶け込んだAI(Embedded AI)が主流となり、医療従事者がAIを使っていると意識せずに恩恵を受けられる環境が求められます。
日本の「医師の働き方改革」とAIによるタスク・シフト
日本国内に目を向けると、2024年4月から本格化した「医師の働き方改革」への対応が急務です。この文脈において、AI活用は「診療の質向上」以上に「業務効率化」の側面で強い期待が寄せられています。
具体的には、診察時の会話を自動でテキスト化し、カルテの下書きを作成する「アンビエントAI(環境知能)」の需要が高まっています。これは米国でも先行しているトレンドですが、日本語の複雑な医療用語や、日本特有のハイコンテクストなコミュニケーションに対応できる国産モデルやチューニング技術が、今後の競争優位性となるでしょう。
AIガバナンスとリスク管理の高度化
AIの導入が進むにつれ、リスク管理の重要性も増しています。特に生成AIにおけるハルシネーション(もっともらしい嘘を出力する現象)は、人命に関わる医療分野では許容されません。
2026年には、AIの出力結果に対する「Human-in-the-loop(人間が必ず判断に関与するプロセス)」の確立が、技術的な性能以上に問われることになります。日本でも厚生労働省や関連学会によるガイドライン整備が進んでいますが、導入企業は「AIが間違えた時の責任分界点」や「監査ログの保存」といったガバナンス体制を、システム導入前に設計する必要があります。
日本企業のAI活用への示唆
以上のグローバルな動向と国内事情を踏まえ、日本の医療・ヘルスケア領域でAI活用を進める企業・組織への示唆を整理します。
1. 「連携」を前提とした導入選定
単機能のAIツール導入は、長期的にはデータサイロ(情報の分断)を招くリスクがあります。既存の電子カルテや部門システムとのAPI連携がスムーズか、あるいはベンダー自体がプラットフォーム戦略を持っているかを重視すべきです。
2. 現場のペイン(痛み)に直結するユースケースの特定
「診断支援」のような高度な医療行為への介入は法規制のハードルが高い一方、「事務作業の自動化」「サマリー作成」といった周辺業務でのAI活用は、現場の負担軽減に直結し、かつリスクも比較的コントロールしやすい領域です。まずはここから着実な成果を上げることが推奨されます。
3. 法規制と倫理への適応
個人情報保護法や次世代医療基盤法への準拠はもちろん、患者への説明責任(AIをどのように利用しているか)を果たすプロセスを業務フローに組み込むことが不可欠です。技術者だけでなく、法務・コンプライアンス部門と連携したアジャイルな開発・導入体制が求められます。
