生成AIは業務効率化の切り札とされる一方で、人間の「学習」や「スキル習得」においては伝統的な手法に分がある可能性が指摘されています。ケンブリッジ大学の研究事例をもとに、AIに頼るべき領域と人間が担うべき認知プロセスの境界線、そして日本企業の人材育成におけるAI活用のあり方について解説します。
「ノートを取る」ことの優位性と、AIによる「探究」の価値
英国ケンブリッジ大学の学生新聞「Varsity」が報じた研究によると、学生の学習効果において、生成AIを使用するよりも、自らノートを取る(notes)という伝統的な手法の方が優れているという結果が示されました。これは、LLM(大規模言語モデル)が提示する回答をただ受け取るだけでは、知識の定着に必要な認知プロセスが省略されてしまう可能性を示唆しています。
一方で、同研究では興味深い側面も明らかになっています。ジェイク・ホフマン博士(Dr. Jake Hofman)は、多くの学生が「テキストの範囲を超えた関連トピックを探求するためにLLMを使用し、それを楽しんでいた」点に感銘を受けたと述べています。つまり、AIは「正解を教わる教師」として使うよりも、「知的好奇心を広げ、教科書外の世界へ踏み出すためのパートナー」として使う際に、高いエンゲージメントと価値を生むということです。
ビジネス現場における「AI依存」のリスクと機会
この教育分野での知見は、日本企業の現場、特に若手社員の育成やリスキリングの文脈において重要な示唆を含んでいます。現在、多くの日本企業が「業務効率化」を目的にChatGPTやCopilotの導入を進めています。しかし、新入社員や未経験者が、基礎知識を習得するプロセス(OJTや研修)において安易にAIに回答を求めすぎると、自ら情報を整理・構造化する機会が失われ、中長期的な「現場力」の低下を招くリスクがあります。
日本の商習慣では、文脈を読み取り、行間を補完する能力が重視されます。AIが生成したドキュメントをそのまま利用するだけでは、この「文脈理解力」は養われません。一方で、定型業務の枠を超えた新しいアイデア出しや、自社の業界知識以外の情報を広く探索する(水平展開する)フェーズにおいては、AIは強力な武器となります。研究が示した「探究への活用」は、日本企業が苦手としがちな「イノベーションの種探し」や「異業種知見の結合」に応用できるポイントです。
日本企業のAI活用への示唆
以上のグローバルな研究動向と国内の実情を踏まえ、日本企業の意思決定者やリーダーは以下の点に留意してAI活用を推進すべきです。
- 「思考の代替」ではなく「思考の拡張」に位置づける:
社内ガイドラインや研修において、AIは「答え合わせ」のツールではなく、自身の仮説を検証したり、視野を広げたりするための「壁打ち相手」として位置づけることが重要です。特に若手育成においては、AIを使う前に一度自分で構成を考える(ノートを取るような)プロセスを意図的に残す設計が求められます。 - 用途に応じた使い分けの明文化:
「定型業務の自動化(効率化)」と「新規事業や企画立案(探索)」では、AIとの付き合い方が異なります。前者はリスク管理を徹底しつつ自動化を進め、後者はハルシネーション(もっともらしい嘘)のリスクを許容しつつ、発想の幅を広げるために積極的に対話させるなど、モードを切り替える文化を醸成する必要があります。 - プロセス評価への回帰:
AIを使えば誰でも一定品質のアウトプットが出せる時代において、結果の品質だけでなく、「どのような問い(プロンプト)を立て、どのように情報を構造化したか」というプロセス自体を評価する仕組みが、今後のAIガバナンスと人材マネジメントには不可欠になるでしょう。
