米国コーネル大学と米国国立科学財団(NSF)が進めるエネルギー貯蔵プロジェクトにおいて、サプライチェーンのリスク評価を担う「AIエージェント」の活用が注目されています。単なるチャットボットを超え、複雑な産業エコシステムを監視・支援するAIエージェントの台頭は、日本の製造業やインフラ企業にとっても重要な示唆を含んでいます。
米国で進む「産業用AIエージェント」の実装実験
米国ニューヨーク州北部で進行中の「NSF Energy Storage Engine」プロジェクトにおいて、エネルギー貯蔵エコシステムを強化・加速させるための「AIエージェント」の導入が議論されています。この取り組みで特筆すべきは、AIが単なる研究データの整理役にとどまらず、「サプライチェーンのリスク評価」という、極めて実務的かつ流動性の高い領域に適用されようとしている点です。
ここで言う「AIエージェント(Agentic AI)」とは、人間が都度プロンプトを入力して回答を得る受動的なAIではなく、与えられた目的(例:供給網の途絶リスクの検知)に向けて自律的にデータを収集し、推論を行い、場合によってはシステム操作やアラート発出を行う仕組みを指します。本事例では「Engine Guardian」と呼ばれる機能が、リアルタイムのインサイトを提供し、複雑化するバッテリーやエネルギー関連部材の供給網を監視する役割を担うとされています。
サプライチェーン管理(SCM)におけるAIの役割の変化
従来、サプライチェーン管理におけるIT活用は、ERP(統合基幹業務システム)に蓄積された過去データの可視化や、統計モデルによる需要予測が中心でした。しかし、近年の地政学リスクの高まりや気候変動による物流寸断など、過去のデータだけでは予測できない不確実な要素(ブラックスワン)が増加しています。
最新のAIエージェントは、ニュース、天候情報、市場レポート、サプライヤーの財務状況といった「非構造化データ」を大規模言語モデル(LLM)等で読み解き、構造化データと突き合わせることで、「特定の部品が数週間後に不足する可能性が高い」といったリスクを早期に検知することを目指しています。これは、熟練の調達担当者が行ってきた「行間を読む」業務を、AIが補完・拡張する試みと言えます。
日本企業における実装の壁と「2024年問題」
日本国内に目を向けると、物流の「2024年問題」や労働力不足を背景に、サプライチェーンの効率化は喫緊の課題です。しかし、米国のようなAIエージェントをそのまま導入すれば解決するという単純な話ではありません。
日本の製造業やインフラ産業では、現場の「阿吽の呼吸」や、FAX・電話・メールによる非定型な調整業務がいまだにサプライチェーンの潤滑油となっています。AIエージェントが機能するためには、これらのやり取りがデジタルデータとして捕捉可能になっている必要があります。データがサイロ化(分断)された状態で高度なAIを導入しても、AIは断片的な情報しか持てず、誤った判断(ハルシネーション)をするリスクが高まります。
また、重要インフラにおいてAIが自律的に判断を下すことに対する「ガバナンス」の問題もあります。AIが「供給リスクあり」と判断して自動的に発注を停止した場合、その損失責任を誰が負うのか。技術的な精度以上に、組織的な責任分界点の設計が日本では特に重視されます。
日本企業のAI活用への示唆
今回の米国の事例を踏まえ、日本の実務家は以下の点に留意してAI活用を進めるべきでしょう。
- 「可視化」から「エージェント」への段階的移行:
いきなり全自動のAIエージェントを目指すのではなく、まずは社内外のデータを統合し、AIが参照できる基盤を整えることが先決です。その上で、AIが人間に「提案」を行い、人間が最終判断を下す「Human-in-the-Loop(人間が介在する)」運用から開始するのが現実的です。 - ドメイン特化型AIの活用:
汎用的なLLMではなく、今回の事例のように「エネルギー貯蔵」「半導体調達」など、特定の業界知識や商習慣を学習させた、あるいは外部ツールと連携させた特化型エージェントの構築・採用が鍵となります。 - レガシープロセスのデジタル化とセットで考える:
AIエージェント導入は、単なるツールの導入ではなく、FAXや電話に依存した業務プロセスの見直し(BPR)とセットで行う必要があります。現場の知見をAIにどう学習させるか、あるいはAIが扱いやすい形式に業務フローをどう変えるかという視点が不可欠です。
