生成AIサービスのモデル更新やプラン変更に伴い、過去のチャット履歴が表示されなくなるという事象が報告されています。これは単なるバグ報告にとどまらず、外部のAIプラットフォームに業務データを依存することのリスクを浮き彫りにしています。本記事では、この事例を端緒に、日本企業が意識すべきAIデータのガバナンスと、システム設計上の留意点について解説します。
プラットフォーム依存の「記憶」は永続的ではない
Googleの生成AIサービス「Gemini」において、上位モデル(source: Gemini 3 proと記載あり)への切り替えやプラン変更を行った際、一部のユーザーから「過去のチャット履歴が消えた」という報告がなされています。サポートフォーラムなどの情報によると、これはデータそのものが完全に削除されたわけではなく、インターフェース上の同期エラーや表示バグである可能性が高いとされています。実際、「Gemini アプリ アクティビティ」というマスターログには記録が残っているケースが多いようです。
しかし、この事象は企業でAIを活用する私たちに重要な教訓を与えています。それは、「SaaSとして提供されるチャットAIの画面は、業務記録(レコード)の保管場所としては不十分である」という事実です。
日本企業が直面するコンプライアンスと監査のリスク
日本のビジネス慣習において、意思決定のプロセスやエビデンスを残すことは極めて重要です。もし、AIとの対話を元に重要な企画書を作成したり、コードを修正したりした場合、その「対話ログ」は業務プロセスの一部となります。
多くの企業がChatGPTやGeminiのWebインターフェース(チャット画面)を従業員に利用させていますが、これらはあくまで「対話のためのインターフェース」であり、「文書管理システム」ではありません。今回のように、ベンダー側のUIアップデートやバグによって履歴へのアクセスが一時的にでも失われた場合、業務の継続性や、後から「なぜその判断をしたのか」という監査証跡(オーディットトレイル)の確認に支障をきたす恐れがあります。
「チャットUI」利用と「API」利用の明確な使い分け
このリスクを回避するために、企業のAI導入担当者やエンジニアは、利用形態を明確に区別する必要があります。
1つは、アイデア出しや下書き作成など、フロー情報として消費する利用です。これにはWebブラウザ上のチャットUIが適していますが、消えても困らない情報に限定すべきです。
もう1つは、業務システムへの組み込みや、確実な記録が必要なストック情報としての利用です。この場合、SaaSのチャット画面に依存せず、API(Application Programming Interface)経由で自社管理下のシステムからAIを呼び出す構成が推奨されます。APIを利用すれば、入力プロンプトとAIからの回答を自社のデータベースやログ基盤に確実に保存でき、ベンダー側のUI変更の影響を受けずに済みます。
日本企業のAI活用への示唆
今回のGeminiにおける表示不具合の事例は、特定のサービスの問題というよりも、クラウドサービス全般につきまとうリスクの一端です。日本企業が実務でAIを活用する際は、以下の3点を再確認する必要があります。
- 「Web画面」をアーカイブとみなさない:
ベンダーが提供するチャット履歴は、ユーザーの利便性のための機能であり、永続的なデータ保全を保証するものではありません。重要なやり取りは別途ドキュメント化するか、社内の管理システムにコピーする習慣づけが必要です。 - ログの主権を持つ(API活用の検討):
全社的な導入においては、セキュリティとガバナンスの観点から、APIを利用した社内独自のチャットインターフェース(社内GPTなど)の構築を検討すべきです。これにより、UIの不具合に左右されず、監査ログを自社で完全にコントロールできます。 - ベンダー側の障害・仕様変更を前提とする:
GoogleやOpenAIといえども、頻繁なアップデートに伴う不具合は避けられません。「明日、チャット履歴が見られなくなるかもしれない」という前提で、業務フローに冗長性を持たせることが、リスク管理の第一歩となります。
