英国ケンブリッジ・サイエンス・パークにおける2026年に向けた計画が示すように、世界のAI開発の焦点は、テキストや画像を生成するフェーズから、ロボットやスマートデバイスを通じて現実世界に作用する「フィジカルAI」へと移行しつつあります。日本のお家芸であるモノづくりや現場力とAIをどう融合させるべきか、その可能性と課題を解説します。
デジタルからフィジカルへ:AIの新たな展開
英国BBCが報じたケンブリッジ・サイエンス・パークの2026年に向けた計画では、AIロボットやスマートコンタクトレンズといった技術が注目されています。これは、AIのトレンドが「画面の中での対話(Chat)」から「現実世界での行動(Action)」へとシフトしていることを象徴しています。
これまでChatGPTに代表される大規模言語モデル(LLM)は、主にオフィスワークの効率化やコンテンツ生成で革命を起こしてきました。しかし、次のフェーズでは、これらの高度な推論能力を持ったAIが、カメラやセンサーを通じて現実世界を認識し、ロボットアームやドローン、ウェアラブルデバイスといったハードウェアを制御する「フィジカルAI(Physical AI)」の領域が急速に拡大します。
日本企業が直面する「現場」の課題とAIの接点
日本国内に目を向けると、製造、物流、建設、介護といった「現場」を持つ産業での人手不足は深刻を極めています。これまでの産業用ロボットは、厳密にプログラムされた反復動作は得意でしたが、状況に応じた柔軟な対応は苦手でした。
ここに最新の「マルチモーダルAI(画像、音声、テキストなどを同時に処理できるAI)」や、ロボット制御に特化した基盤モデルを組み合わせることで、曖昧な指示で自律的に動くロボットや、熟練工の「カン・コツ」を学習したシステムの開発が可能になりつつあります。ハードウェア技術に強みを持つ日本企業にとって、この「フィジカルAI」の潮流は、ソフトウェア偏重だった昨今のAIブームにおいて、再び競争優位性を発揮できる絶好の機会と言えます。
安全性とガバナンス:バーチャルとは異なるリスク
一方で、フィジカルAIの実装には、生成AI単体とは異なる次元のリスク管理が求められます。チャットボットが誤回答(ハルシネーション)をするリスクと、重機を操作するAIが誤作動を起こすリスクでは、その被害規模が全く異なります。
日本では製造物責任法(PL法)や労働安全衛生法など、物理的な安全に関わる厳格な規制が存在します。AIを搭載したハードウェアを社会実装する際には、従来の機械安全(ISO規格など)の考え方に加え、「AIが予期せぬ挙動をした場合にどう安全に停止させるか」というAIセーフティの観点を設計段階から組み込む必要があります。欧州のAI法(EU AI Act)でも、安全に関わるコンポーネントとしてのAIは高リスクに分類されており、グローバル展開を見据える日本企業は、コンプライアンス対応を早期に検討する必要があります。
日本企業のAI活用への示唆
グローバルのフィジカルAIの動向を踏まえ、日本の経営層やエンジニアは以下の視点を持つことが推奨されます。
- 「現場データ」の資産化:フィジカルAIの精度は、良質な現場データ(動作ログ、センサーデータ、映像)に依存します。日本企業が持つ豊富な現場データは、GAFAMも容易には入手できない貴重な資源です。これをAIが学習可能な形式で整備することが第一歩です。
- 安全設計とAIガバナンスの融合:既存の品質保証(QA)部門とAI開発チームが連携し、物理的な安全性とアルゴリズムの信頼性を統合したガバナンス体制を構築してください。
- ハード×ソフトの協調領域:自前主義にこだわりすぎず、AIモデル部分は汎用的な基盤モデルを活用し、それを自社のハードウェアや業務プロセスに適合させる「ファインチューニング(微調整)」や「すり合わせ」の技術にリソースを集中させることが、実用化への近道となります。
