米小売大手ウォルマートが、サプライヤー向けAIエージェント「Marty」の機能を拡張し、広告運用アシスタントとしての活用を開始しました。単なるチャットボットを超え、実務プロセスそのものを変革しようとするこの動きは、日本の「リテールメディア」やB2BプラットフォームにおけるAI活用の重要な先行事例となります。
サプライヤー支援から「収益化エンジン」への進化
昨年、ウォルマートは販売者やサプライヤーを支援するAIエージェントとして「Marty」を導入しました。当初は在庫確認や基本的な問い合わせ対応が主でしたが、今回のアップデートにより、その役割は「広告アシスタント」へと大きく拡張されました。
具体的には、サプライヤーがウォルマートのプラットフォーム上で広告を出稿する際、キーワード選定、入札管理、キャンペーン設定などの複雑なプロセスをMartyがサポート、あるいは代行します。これは、生成AIの活用フェーズが「情報の検索・要約」から「実務の実行・収益化」へと移行していることを象徴しています。
リテールメディアにおける「ロングテール」の取り込み
なぜウォルマートはAIエージェントを広告領域に投入したのでしょうか。最大の狙いは、リテールメディア(小売業者が保有する顧客データを活用した広告媒体)への参入障壁を下げることにあります。
大手メーカーであれば専任のマーケティング担当者がいますが、中小規模のサプライヤーにとって、デジタル広告の管理画面は複雑すぎることが多々あります。AIエージェントが「コンシェルジュ」として機能し、対話形式で広告設定が完了できるようになれば、これまで広告出稿を躊躇していた中小サプライヤー(ロングテール層)の取り込みが可能になります。これは、日本のECモールやB2Bプラットフォームにとっても極めて参考になる戦略です。
「Copilot」から「Agent」への潮流
技術的な観点からは、人間が指示した内容を補助する「Copilot(副操縦士)」型から、目標を与えれば自律的にタスクを遂行する「Agent(エージェント)」型への進化が見て取れます。
従来のLLM(大規模言語モデル)活用は、広告コピーの案出しなどが中心でした。しかし今回の事例は、APIを通じてシステムを操作し、実際の広告キャンペーンをセットアップするという「アクション」を伴います。日本国内でも、社内システムやSaaSと連携し、承認フローや発注業務までを完結させるAIエージェントの開発ニーズが高まっていますが、ウォルマートの事例はその有効性を裏付けるものです。
リスクと課題:ブラックボックス化とブランド毀損
一方で、実務導入にはリスクも伴います。AIが自動生成・配信設定した広告に、誤った価格情報や不適切な表現(ハルシネーション)が含まれていた場合、ブランドへの信頼は一瞬で損なわれます。
また、AIが「なぜそのキーワードに入札したのか」「なぜその予算配分にしたのか」という意思決定プロセスがブラックボックス化しやすい点も課題です。特に説明責任(アカウンタビリティ)を重視する日本の商習慣においては、AIの提案内容を人間が最終確認する「Human-in-the-loop(人間がループに入る仕組み)」の設計が、ガバナンスの観点から不可欠となるでしょう。
日本企業のAI活用への示唆
今回のウォルマートの動きを踏まえ、日本企業は以下の点を考慮してAI戦略を検討すべきです。
- 専門性の民主化:人手不足が深刻な日本において、専門知識が必要な業務(広告運用、データ分析、法務チェックなど)をAIエージェントに代行させることで、中小企業や非専門家でも高度な業務が可能になります。
- UIとしてのAI:複雑な管理画面(ダッシュボード)を改修するのではなく、その上に「対話型AIインターフェース」を被せることで、UX(ユーザー体験)を劇的に改善できる可能性があります。
- ガバナンスの先行設計:自動化を進める際は、必ず「誤作動時の責任分界点」と「監視フロー」をセットで設計してください。特にB2B領域では、AIのミスが金銭的な損害に直結するため、慎重なリスク評価が求められます。
ウォルマートの事例は、AIが単なる「効率化ツール」から、ビジネスの「収益構造を変えるドライバー」になり得ることを示しています。自社のプラットフォームや業務プロセスにおいて、どこにAIエージェントを配置すればステークホルダーの障壁を取り除けるか、再考するタイミングに来ています。
