スイスの製薬大手ノバルティスがSalesforceの「Agentforce」を採用したというニュースは、企業における生成AI活用が新たな段階に入ったことを示唆しています。単なる会話型AIから、自律的にタスクをこなす「AIエージェント」への移行は、日本のビジネス現場にどのような変革とリスクをもたらすのでしょうか。
「チャットボット」から「エージェント」への潮流
海外の報道によれば、製薬大手のノバルティスがSalesforceの「Agentforce」プラットフォームを採用し、AIエージェントの導入に向けて大きく舵を切りました。このニュースは単なる一企業のIT導入事例としてではなく、エンタープライズAIのトレンドが「対話(Chat)」から「自律的な行動(Action)」へとシフトしている象徴として捉えるべきです。
これまでの生成AI活用の主流は、RAG(検索拡張生成)を用いた社内ドキュメント検索や、議事録要約といった「支援型」が中心でした。しかし、「AIエージェント」は、ユーザーの曖昧な指示を解釈し、CRM(顧客関係管理)やERP(基幹システム)などのシステムを操作し、具体的な業務プロセスを実行する能力を持ちます。ノバルティスのような規制が厳しく、かつ高度な専門性が求められる製薬業界がこの技術に予算を投じている事実は、AIが実務の深層部へ入り込み始めたことを意味します。
期待と裏腹にある「長いタイムライン」という現実
一方で、元記事でも触れられているように、この取り組みには「長いタイムラインと高い期待」が伴っています。AIエージェントは魔法の杖ではありません。特に日本企業が導入を検討する際、以下の3つの壁に直面することが予想されます。
第一に、「データのサイロ化」です。AIエージェントが自律的に動くためには、部署ごとに分断されたシステムやデータベースへ横断的にアクセスできる環境が必要です。多くの日本企業では、レガシーシステムが複雑に絡み合っており、API連携の整備だけでも相応の時間とコストを要します。
第二に、「ハルシネーション(もっともらしい嘘)のリスク管理」です。要約ミス程度であれば人間が修正できますが、エージェントが誤った発注を行ったり、顧客に不適切な案内を自動送信したりすれば、企業の信頼失墜に直結します。製薬業界が先行する背景には、このリスクを制御するための厳格な検証プロセス(バリデーション)への投資意欲があるとも言えます。
日本企業におけるAIエージェントの勝ち筋
では、日本の商習慣においてAIエージェントはどう活用されるべきでしょうか。日本では、現場の業務が属人化しており、かつ「阿吽の呼吸」で進むプロセスが多く存在します。ここでの勝ち筋は、AIに全てを任せるのではなく、「Human-in-the-loop(人間が関与するループ)」を前提とした設計です。
例えば、営業担当者が商談記録を残す際、AIエージェントが次のアクションプラン(見積書作成や上長への承認申請)を「下書き」し、人間が最終確認ボタンを押すだけで実行されるフローなどが考えられます。これは、日本の現場が重視する「確認文化」や「コンプライアンス」を守りつつ、入力や手続きの手間を極小化するアプローチです。
日本企業のAI活用への示唆
ノバルティスの事例を踏まえ、日本の意思決定者や実務者が意識すべきポイントは以下の通りです。
- 「会話」より「行動」への投資を:単に質問に答えるだけのAIではなく、社内システムと連携してワークフローを完結させる「エージェント型」のユースケースを探索してください。
- データ基盤の整備が最優先:AIエージェント導入の成否は、AIモデルの性能以上に、社内データがAPI経由で安全かつ正確に利用可能かどうかに依存します。
- 過度な期待のコントロール:導入すればすぐに成果が出るものではありません。長期的なロードマップを描き、まずはリスクの低い社内業務(ITヘルプデスクや経費精算の一次処理など)からスモールスタートを切ることが肝要です。
- ガバナンスの再定義:AIが自律的に行動する時代において、AIの行動ログをどう監査するか、エラー発生時の責任分界点をどうするか、といった新たなガバナンスルールの策定が急務です。
