生成AIの業務利用が拡大する中、法的な紛争解決の場である「国際仲裁」においても、手続き内でのAI活用のルール化が議論され始めています。本稿では、仲裁手続きにおけるAI利用の明文化というグローバルな動きをヒントに、日本企業が取引先やベンダーとの契約、および社内ガバナンスにおいて考慮すべき実務的なポイントを解説します。
国際仲裁の現場で進む「AI利用ルール」の策定
リーガルテックの進化に伴い、欧米の法律事務所や企業の法務部門では、ドキュメントレビューやドラフティング(文書作成)、さらには訴訟戦略の立案にAIを活用することが一般的になりつつあります。こうした中、企業間の紛争を解決する「国際仲裁」のプロセスにおいても、AIが果たす役割とリスクについての議論が本格化しています。
元記事が着目しているのは、仲裁手続きの範囲やルールを定める「審理委任事項(Terms of Reference)」に、AIの利用に関する規定を盛り込むべきか否かという点です。これは単なる事務的な手続きの話ではありません。仲裁人や代理人が生成AIを使用して証拠を分析したり、裁定案を作成したりする場合、ハルシネーション(もっともらしい嘘の出力)による事実誤認や、入力データに含まれる機密情報の漏洩リスクが懸念されるためです。
この動きは、手続きの公平性と透明性を担保するために、「どの範囲で、どのようにAIを使うか」を事前に合意形成しておく必要があることを示唆しています。
日本企業が直面する「ベンダー・パートナーのAI利用」リスク
この国際仲裁における議論は、日本企業にとっても対岸の火事ではありません。特に、システム開発、コンテンツ制作、マーケティング業務などを外部委託する際や、共同事業を行う際の契約において、重要な示唆を含んでいます。
日本では従来、仕様書や契約書に記載のない細部については、受託者側の裁量や当事者間の信頼関係(阿吽の呼吸)に委ねられる傾向がありました。しかし、生成AIの登場により、この商慣習はリスク要因となりつつあります。
例えば、委託した成果物が生成AIによって作られたものである場合、以下のような問題が生じる可能性があります。
- 著作権侵害リスク:学習データに起因する権利侵害の可能性。
- 機密情報の漏洩:委託元が提供したデータが、パブリックなAIモデルの学習に利用されてしまうリスク。
- 品質と責任の所在:AIが生成したコードや文章の正確性を、人間がどこまで検証したかが不明瞭なまま納品されるリスク。
契約実務における「AI透明性」の確保
国際仲裁でAI利用のルール化が進むのと同様に、日本企業も取引先との契約において「AI利用のガイドライン」を明文化するフェーズに来ています。
具体的には、業務委託契約書や基本契約書において、「生成AIの利用を許可するか否か」「利用する場合の申告義務」「入力データの取り扱い(オプトアウト設定の有無など)」「AI生成物に対する人間の検証プロセスの義務化」などを規定することが推奨されます。
これは、AIの利用を禁止するためではなく、双方が安心してAIの効率性を享受するための「ガードレール」を設置するという考え方です。特に、金融、医療、インフラなど高い信頼性が求められる領域や、個人情報保護法やGDPRなどの規制が関わる領域では、AI利用の透明性確保はコンプライアンスの要となります。
日本企業のAI活用への示唆
国際仲裁におけるAI利用規定の議論から、日本の実務家が得るべき示唆は以下の3点に集約されます。
1. 契約プロセスへのAI条項の組み込み
外部ベンダーやパートナーとの契約において、AI利用に関する条項を標準化しましょう。特に「機密情報の入力禁止(または法人プランの利用義務)」と「成果物の権利関係・検証責任」については明確な合意が必要です。
2. プロセスの透明化と説明責任
自社がAIを活用してサービスを提供する場合も同様です。顧客に対して「どの部分にAIを使用しているか」「品質をどう担保しているか」を説明できる体制(AIガバナンス)を構築することが、信頼獲得の競争力となります。
3. 現場のリテラシー向上と監視
契約でルールを決めても、現場のエンジニアや担当者が理解していなければ形骸化します。シャドーAI(会社が許可していないAIツールの勝手な利用)を防ぐための教育と、実効性のあるモニタリング体制の整備が不可欠です。
AI技術は日々進化しますが、それを扱う「人間の合意形成」や「責任の所在」を明確にするというビジネスの基本は変わりません。技術の導入を急ぐだけでなく、法務・コンプライアンス部門と連携し、足元の契約実務からAI対応を進めることが、結果として持続可能なイノベーションにつながります。
