これまでの生成AIの評価は、推論能力やコーディングなどの「IQ」面が中心でした。しかし、海外メディアが実施したChatGPT、Gemini、Claudeの「共感力テスト」は、ビジネスにおける顧客接点の質を変える可能性を示唆しています。本記事では、AIの「感情理解」を日本の商習慣やカスタマーサポートにどう組み込むべきか、実務的な視点で解説します。
ロジックから「共感」へ:生成AI評価軸のシフト
生成AI、特に大規模言語モデル(LLM)の性能評価といえば、従来はMMLU(大規模マルチタスク言語理解)やHumanEval(コード生成能力)といった、いわゆる「論理的知能(IQ)」に焦点が当てられてきました。しかし、実務の現場、特にカスタマーサポートや社内メンター制度、対話型インターフェースにおいては、ユーザーの感情を正しく汲み取る「感情的知能(EQ)」が極めて重要になります。
今回取り上げるTom's Guideの記事では、ChatGPT、Gemini、Claudeという主要な3モデルに対し、「パニック」や「恥」といった強い感情を伴うシナリオでテストを行っています。興味深いのは、単に正解を出すだけでなく、「どのモデルが最も人間らしく、かつ適切なトーンで寄り添ったか」が評価されている点です。これは、日本企業がAIをサービスに組み込む際、単なる効率化ツールとしてではなく、「ブランド体験の一部」として捉え直す必要があることを示唆しています。
モデルごとの特性と「人格」の使い分け
一般的に、OpenAIのGPT-4oなどは指示に従順で論理的な回答に強みを持つ一方、AnthropicのClaude 3シリーズなどは、より人間味のあるニュアンスや文脈の機微(Context)を捉えることに長けていると評価される傾向にあります。GoogleのGeminiは、その中間や情報検索との連携に強みを見せます。
「明確な勝者がいた」とする元記事の結論は、特定のモデルが「感情的な対話」において優れていたことを指していますが、実務においては「最強のモデルが一つある」と考えるべきではありません。むしろ、タスクに応じてモデルを使い分ける、あるいはアンサンブル(組み合わせ)させる設計が求められます。
例えば、複雑な約款やデータを検索・要約するバックエンド処理には論理に強いモデルを、顧客への最終的なアウトプットを作成するフロントエンド部分には、共感力や柔軟な表現に優れたモデルを採用するといった「適材適所」のアーキテクチャが、今後のプロダクト開発の主流になるでしょう。
日本の商習慣における「文脈」と「配慮」
ここで特に注意すべきは、日本の言語文化における「共感」の難しさです。英語圏におけるEmpathy(共感)と、日本社会における「空気を読む」「忖度する」「寄り添う」という行為は、必ずしもイコールではありません。
日本企業のカスタマーサポートでは、過度に感情的な表現がかえって「慇懃無礼」と受け取られたり、逆に事務的すぎると「冷たい」と批判されたりするリスクがあります。特に謝罪やクレーム対応の文脈では、AIが生成した「共感のような文章」が、かえって火に油を注ぐケースも想定されます。
したがって、グローバルモデルの「共感力」をそのまま日本市場に適用するのではなく、日本の商習慣に合わせたプロンプトエンジニアリング(指示出し)や、RAG(検索拡張生成)による過去の良質な対応履歴の参照が不可欠です。「AIに共感させる」のではなく、「自社の優秀な担当者のトーン&マナーを再現させる」というアプローチが、日本企業には適しています。
AIの「共感」に伴うリスクとガバナンス
AIが高い共感力を示すようになると、新たなリスクも生じます。ユーザーがAIに対して過度な信頼や愛着を抱いてしまうことによる精神的な依存や、AIが不正確な医療的・心理的アドバイスを「もっともらしく」行ってしまうリスクです。
AIガバナンスの観点からは、以下の2点を徹底する必要があります。
- 透明性の確保:相手がAIであることを明示し、あくまでシステムによるサポートであることを認識させる(なりすましの防止)。
- ガードレールの設置:「死にたい」「辛い」といった重篤なキーワードを検知した場合は、共感的な回答を生成させて終わるのではなく、即座に人間の専門家や相談窓口へ誘導するフローを構築する。
日本企業のAI活用への示唆
今回の比較検証から得られる、日本の実務者への主要な示唆は以下の通りです。
- 評価指標の多角化:AIモデル選定の際、ベンチマークスコア(IQ)だけでなく、自社の顧客層に合った「トーン&マナー(EQ)」が出せるかをPoC(概念実証)の必須項目とする。
- ハイブリッドな顧客対応:「共感」が必要な初期対応や定型的な慰めはAIが担いつつも、複雑な文脈や責任を伴う判断は人間が行う「Human-in-the-loop」体制を維持する。
- 日本独自のチューニング:海外製の「Empathy」をそのまま輸入せず、日本語特有の敬語、クッション言葉、そして「行間を読む」文化に合わせたプロンプト開発やファインチューニングに投資する。
AIは「計算機」から「パートナー」へと進化しつつあります。技術的な性能差だけでなく、自社の組織文化や顧客との関係性にフィットする「性格」を持ったAIをどう育てていくかが、今後の競争優位の鍵となるでしょう。
