特定の製品検索において、生成AIが架空の販売店や誤った価格情報を提示し続けたという事例が報告されました。マーケットリサーチや調達業務、顧客対応にLLM(大規模言語モデル)を活用しようとする企業にとって、この「もっともらしい嘘(ハルシネーション)」は看過できないリスクです。本記事では、この事例を端緒に、AIによる情報検索の限界と、日本企業が実務で信頼性を担保するために取るべき具体的なアプローチを解説します。
「もっともらしい嘘」をつくAI:Geminiの事例が示唆するもの
最近、Googleの生成AI「Gemini」に関するあるユーザーからの報告が注目を集めました。セントラルヒーティングの部品(Danfoss社製のサーモスタット等)を購入しようとしたユーザーが、Geminiを使って販売店や価格を調査したところ、AIは自信満々に「ここなら安く買える」と特定の販売ルートを提示しました。しかし、実際に確認してみると、それらの情報は不正確であり、ユーザーは「誤った情報(Bad info)の無限ループに陥った」と不満を露わにしています。
この事例は、決してGemini特有の問題ではありません。ChatGPTやClaudeを含むすべての大規模言語モデル(LLM)が抱える、構造的な課題を浮き彫りにしています。それは、「LLMは事実を検索して提示するデータベースではなく、確率的に『続きの言葉』を紡ぎ出す生成エンジンである」という点です。
なぜAIは架空の情報を提示するのか
多くのビジネスパーソンは、生成AIを「対話ができる検索エンジン」として捉えがちです。しかし、技術的な実態は異なります。
LLMは学習データに含まれる膨大なテキストのパターンを学習していますが、リアルタイムの在庫情報や、特定の地域における最新の価格リストを正確に記憶しているわけではありません。ユーザーから「フランスでの安い販売店は?」と聞かれた際、AIは事実を確認するのではなく、「そのような文脈でよく登場しそうな店名や価格のパターン」を生成します。これが、事実とは異なる内容をもっともらしく出力してしまう「ハルシネーション(幻覚)」の原因です。
特に、ニッチなB2B製品や、価格変動の激しい商材、地域限定の商流といった情報において、この傾向は顕著になります。AIは「分からない」と答えるよりも、学習した知識の断片を繋ぎ合わせて「回答らしきもの」を作るように調整されている場合が多いからです。
日本企業におけるリスク:調達・調査・顧客対応
この「検索精度の揺らぎ」は、日本のビジネス環境において特に注意が必要です。日本企業は伝統的に、情報の正確性や取引の信頼性を極めて重視します。もし、以下のような業務で対策なしに生成AIを利用した場合、深刻なトラブルに発展する可能性があります。
- 調達・購買業務:AIが提示した架空のサプライヤーや誤った相場情報を信じて予算策定や発注準備を進めてしまい、手戻りが発生する。
- マーケットリサーチ:競合調査において、存在しない製品スペックや古い情報を基に戦略を立ててしまう。
- 顧客対応(チャットボット):自社製品の仕様について、AIボットが顧客に誤った説明(非対応の機能を「できる」と回答するなど)を行い、クレームや景品表示法上のリスクを招く。
欧米企業に比べ、日本企業は一度のミスがブランド毀損に直結しやすい文化があります。「AIが言ったから」という言い訳は、対外的なビジネスの現場では通用しません。
技術的対策:RAG(検索拡張生成)とグラウンディング
では、企業はどのように対処すべきでしょうか。現在、最も有効とされる技術的アプローチが「RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)」と「グラウンディング(根拠付け)」です。
RAGとは、AIにあらかじめ信頼できる社内ドキュメントや特定のWebデータベースを接続し、「まずこの資料を検索し、その内容に基づいて回答を作成する」という仕組みです。AIの記憶だけに頼るのではなく、参照すべき「教科書」を与えることで、ハルシネーションを大幅に抑制できます。
しかし、RAGも万能ではありません。参照元のデータが古かったり、AIが参照箇所を読み間違えたりするリスクは残ります。したがって、「AIによる自動化」と「人間による最終確認」のバランス設計が不可欠です。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例を踏まえ、日本企業がAI活用を進める上で意識すべきポイントを整理します。
- 用途の明確な切り分け:「アイデア出し・要約・翻訳」などの生成タスクと、「事実確認・在庫検索・価格調査」などの検索タスクを混同しないこと。後者にAIを使う場合は、必ず裏付け(ソース)の確認プロセスを業務フローに組み込む必要があります。
- 「参照元提示」の義務化:社内システムや顧客向けボットを開発する場合、回答と共に「どのドキュメント・Webページを参照したか」をリンク付きで提示させる仕様(グラウンディング)を必須要件とするべきです。
- 従業員へのリテラシー教育:「AIは嘘をつくことがある」という前提を全社員が共有することが重要です。特に新入社員や若手エンジニアが、AIの出力を鵜呑みにして実務を進めないよう、ガイドラインを策定する必要があります。
- 責任の所在の明確化:AIが誤情報を出した際、誰が責任を負うのか。AIベンダーではなく、それを利用した自社の責任となることが一般的です。法務・コンプライアンス部門と連携し、AI利用時の免責事項やチェック体制を整備することが求められます。
生成AIは強力なツールですが、それは「有能だが、時々知ったかぶりをするアシスタント」のようなものです。その特性を正しく理解し、適切な監督下で活用することこそが、企業の競争力を高める鍵となります。
