17 1月 2026, 土

「57歳営業職のAIリスキリング」が示唆する、日本企業のDXと人材育成の現実解

米国のあるベテラン営業職が、顧客との会話についていけなくなったことをきっかけにAI講座を受講したという事例が話題を呼んでいます。このエピソードは、技術職ではないビジネスパーソン、特にミドルシニア層にとっても、生成AIの習得が「教養」から「生存戦略」へと変化していることを示しています。本記事では、この事例を端緒に、日本の商慣習や組織構造において、非エンジニア層がどのようにAIリテラシーを高め、実務に活かすべきかを解説します。

「顧客の方がAIに詳しかった」という危機感

Business Insiderが報じた記事によると、57歳のセールスエグゼクティブであるDave Baxter氏は、ある時、顧客が自分よりもはるかにAI技術に精通している事実に直面し、強い危機感を抱きました。彼は、若手の台頭やテクノロジーの急速な進化に取り残されることを恐れ、12週間にわたるAIトレーニングコースの受講を決意しました。

このエピソードから読み取るべきは、「仕事を奪われる恐怖」だけではありません。重要なのは、ビジネスの最前線において「AIを前提とした会話」が共通言語になりつつあるという事実です。かつてインターネットやスマートフォンがそうであったように、AIもまた、特定の技術者のツールから、ビジネスインフラへと移行しました。

日本企業においても、顧客から「御社は生成AIをどう活用して生産性を高めていますか?」「このプロダクトにAI機能は組み込まれていますか?」と問われる場面は急増しています。技術的な実装はエンジニアの領域ですが、その価値やリスクをビジネス文脈で語れる能力は、営業職や管理職にこそ求められています。

ドメイン知識とAIの掛け算が最強の武器になる

日本国内の議論を見ると、AI活用はしばしば「業務効率化(時短)」の文脈だけで語られがちです。しかし、ベテラン社員がAIを学ぶ真のメリットは、彼らが長年培ってきた「ドメイン知識(業界特有の知見や商慣習への理解)」と、AIの演算能力を掛け合わせられる点にあります。

若手社員はデジタルツールへの順応性は高いものの、業界の構造的な課題や、顧客の隠れたニーズを読み解く経験値ではベテランに分があるケースが少なくありません。ここに生成AIという「優秀なアシスタント」が加わることで、ベテラン社員は、資料作成やデータ整理などの定型業務から解放され、本質的な課題解決や交渉といった高付加価値な業務に集中できるようになります。

つまり、リスキリングのゴールは「エンジニアになること」ではなく、「自身の専門性をAIで拡張する方法(AIオーグメンテーション)を身につけること」に置くべきです。

日本企業における「シャドーAI」のリスクとガバナンス

一方で、個人の学習意欲に任せるだけでは組織的なリスクも生じます。米国での事例のように、個人が危機感を持って外部で学ぶ姿勢は称賛されるべきですが、企業側が適切な環境を用意していない場合、従業員が許可されていないツールに社内データを入力してしまう「シャドーAI」の問題を引き起こしかねません。

特に日本の大手企業では、情報漏洩への懸念からAI利用を一律禁止にするケースも見受けられます。しかし、これでは意欲ある社員の成長を阻害し、グローバルな競争力を削ぐことになります。重要なのは「禁止」ではなく「ガードレール付きの環境提供」です。

具体的には、入力データが学習に利用されない法人向けプランの契約、社内ガイドラインの策定、そして安全に試行錯誤できるサンドボックス環境の整備が必要です。ガバナンスとイノベーションのバランスを取ることは、経営層とIT部門の重要な責務です。

日本企業のAI活用への示唆

今回の米国の事例を踏まえ、日本企業が取るべきアクションを整理します。

1. 「文系・理系」の壁を取り払うリスキリング
AI活用に必要なのはプログラミング能力よりも、課題を言語化しAIに指示する「プロンプトエンジニアリング」や論理的思考力です。これを全社的な必須スキルと定義し、非エンジニア向けの教育プログラムを展開する必要があります。

2. 評価制度への組み込み
単に学ぶことを推奨するだけでなく、AIを活用してどれだけ業務プロセスを変革したか、あるいは新たな顧客価値を創出したかを人事評価に組み込むことで、現場のモチベーションを持続させることができます。

3. 「人間中心」のAI活用の文化醸成
労働人口が減少する日本において、AIは「人を減らすためのツール」ではなく「人手不足を補い、一人当たりの生産性を高めるためのツール」です。ベテラン層に対して「AIに仕事を奪われる」という不安ではなく、「AIを使うことでより長く、高いパフォーマンスで活躍できる」というポジティブなメッセージを発信することが、組織的な定着の鍵となります。

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