英国で「パーソナルトレーナーをAIに置き換えて過去最高の結果を出した」というニュースが話題となっています。一見するとコンシューマー向けの話題ですが、この事例はビジネスにおける「専門知識の民主化」と「AIエージェントの可能性」を端的に示しています。本記事では、この事例を起点に、AIによる高度なアドバイザリー業務の可能性と、日本企業が留意すべきリスクとガバナンスについて解説します。
英国発、AIがパーソナルトレーナーを代替した事例の意味
BBCが報じたスウォンジー在住の男性の事例は、AI活用の新たなフェーズを示唆しています。彼は高額な人間のパーソナルトレーナー(PT)との契約を終了し、代わりにAIアプリとChatGPTを活用してトレーニングメニューの作成や進捗管理を行いました。その結果、「人生で最も強靭な肉体を手に入れた」といいます。
ここで注目すべきは、AIが単なる「情報の検索ツール」ではなく、「個別の状況に応じた意思決定のパートナー」として機能している点です。身体データ、目標、日々のコンディションを入力し、それに基づいた最適な解(トレーニングメニューや食事管理)をAIが出力する。これは、生成AIや予測モデルが、従来人間が担っていた「高度な専門的アドバイス」を、極めて低コストかつリアルタイムに提供できるようになったことを意味します。
ビジネスにおける「ハイパーパーソナライゼーション」の波及
このフィットネスの事例は、あらゆるビジネス領域に応用可能です。従来、専門家(人間)が1対1で行わなければならなかったコンサルティング、キャリアコーチング、金融アドバイス、あるいは社内の技術指導などが、AIによってスケーラブルな形に置き換わりつつあります。
これをマーケティングや顧客体験(CX)の文脈では「ハイパーパーソナライゼーション」と呼びます。顧客一人ひとりの文脈を理解し、マニュアル通りの回答ではなく、その瞬間に最適な提案を行う。日本国内でも、金融機関における資産運用相談や、教育サービスにおけるAIチューターなどでの導入検討が進んでいますが、今回の事例は、その精度と実用性がユーザーの実感レベルで人間の専門家に並び、あるいは超えつつあることを示しています。
AIコーチングの限界と「身体性」の欠如
一方で、記事でも指摘されている通り、AIには明確な限界とリスクがあります。フィットネスにおいてAIは「正しいフォーム」を目視で修正することができません(※コンピュータビジョン技術を組み合わせない限り)。誤ったフォームでのトレーニングは怪我につながります。
これをビジネスに置き換えると、「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」や「現場の文脈理解の欠如」というリスクに相当します。AIは論理的に正しい戦略を提案できても、その企業の社内政治や、現場の細かなニュアンス、あるいは法的なグレーゾーンに対する倫理的な判断まではカバーしきれない場合があります。特にコンプライアンスが重視される日本企業においては、AIの助言を鵜呑みにした結果、重大な事故や法規制違反につながるリスクは看過できません。
日本の「おもてなし」と労働力不足の解消に向けて
日本では少子高齢化による深刻な労働力不足が課題となっており、質の高いサービスを維持することが困難になりつつあります。この文脈において、AIコーチングやAIアドバイザーの導入は不可避な流れと言えるでしょう。
日本の強みである「おもてなし」や「現場力」を維持するためには、定型的なアドバイスやデータ分析に基づく最適化はAIに任せ、人間は「AIが提案した内容の最終確認」や「感情的なケア」、「責任を伴う判断」に集中する分業体制が現実的です。フィットネスの例で言えば、メニュー作成はAIが行い、フォームチェックやモチベーション管理は人間が行うといった「ハイブリッドモデル」が、サービス品質とコストのバランスにおいて最適解となる可能性があります。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例から、日本企業の意思決定者やプロダクト開発者が得られる示唆は以下の通りです。
1. 「専門知の民主化」をサービスに組み込む
自社のサービスにおいて、これまで「人の手」でしか提供できなかったアドバイスやコンサルティング要素をAIで自動化できないか検討してください。これにより、高単価なハイエンド層だけでなく、マス層に対しても付加価値の高いサービスを提供できる可能性があります。
2. 「Human-in-the-loop(人間による介在)」の設計
AIは万能ではありません。特に身体的な安全や法的な責任が問われる領域では、完全にAI任せにするのではなく、専門家が最終チェックを行うプロセスや、ユーザー自身にリスクを正しく認識させるUI/UX設計が必須です。日本の厳格な消費者保護法制や製造物責任(PL法)の観点からも、責任分界点の明確化が求められます。
3. 従業員エンパワーメントへの活用
対顧客サービスだけでなく、社内教育やOJT(On-the-Job Training)の代替としてAIコーチを活用することも有効です。経験の浅い若手社員に対して、AIが常に業務のアドバイスを行うことで、育成コストの削減とスキルの底上げが期待できます。
