Instagramの責任者であるアダム・モセリ氏が「完璧に作り込まれたフィードの時代は終わった」と発言し、生成AIによるコンテンツの氾濫がSNSの風景を根底から変えつつあることを認めました。画像生成AIの進化により「高品質」がコモディティ化する中、企業はブランディングやマーケティングにおいて何を差別化要因とすべきか。日本企業の文脈における「信頼」と「真正性」の重要性について解説します。
「完璧さ」のインフレとAIによるコモディティ化
Instagramのトップ、アダム・モセリ氏による「洗練されたフィード(Polished Feed)は死んだ」という趣旨の発言は、デジタルマーケティングやコンテンツ制作に関わる実務者にとって非常に重い意味を持ちます。これまで、美しい写真、整った構図、完璧な色彩といった「映え」の要素は、ブランドの質を担保する重要な指標でした。しかし、MidjourneyやStable Diffusion、Adobe Fireflyなどの画像生成AIの普及により、プロフェッショナルレベルのビジュアルを作り出すコストはほぼゼロに近づいています。
AIが生成する画像は、技術的には「完璧」です。ノイズがなく、照明は理想的で、被写体は美しい。しかし、フィードがこうした合成された完璧さで溢れかえると、ユーザーは逆説的に「人間味」や「リアリティ」を渇望するようになります。高品質なビジュアルが誰にでも作れるようになった今、ビジュアルの美しさだけでユーザーの関心を惹きつけ、維持することは困難になりつつあるのです。
真正性(オーセンティシティ)への回帰
この変化は、企業が発信する情報の「真正性(Authenticity)」がかつてないほど問われる時代への突入を意味します。これまで日本企業は、公式アカウント運用において「失敗のない、きれいな発信」を重視する傾向がありました。しかし、AI生成コンテンツが氾濫する環境下では、むしろ「加工されていない生の姿」「プロセス」「背後にあるストーリー」こそが、AIには模倣できない価値として浮上します。
例えば、完璧な商品イメージ画像よりも、開発現場の試行錯誤の様子や、社員が実際に使用している動画の方が、ユーザーの信頼(トラスト)を獲得できる可能性があります。「作り込まれた嘘」よりも「不格好な真実」の方がエンゲージメントを高めるという現象は、Z世代を中心としたSNSトレンドとして既に顕在化していましたが、AIの台頭がこの傾向を決定的なものにしました。
日本市場におけるリスクと信頼の担保
日本市場において特に注意すべきは、AI活用における透明性の確保です。日本では消費者の企業に対する品質要求レベルが高く、一度「欺かれた」と感じさせると、ブランド毀損(レピュテーションリスク)は深刻なものになります。
もし企業が「実在しない風景」や「実在しない社員」をAIで生成し、それを明示せずにマーケティングに使用した場合、それが発覚した際のリスクは計り知れません。特に「お客様の声」や「使用事例」のような、事実性が重視されるコンテキストでのAI利用は慎重であるべきです。AIはあくまでクリエイティブの補助やアイデア出し、あるいは明らかにフィクションであるとわかる文脈での利用に留め、事実を伝える場面では実写や人間の言葉を重視するという使い分けが、AIガバナンスの観点からも求められます。
日本企業のAI活用への示唆
Instagramの変質は、単なるSNSのトレンド変化ではなく、デジタルコンテンツ全体の価値基準の変化を示唆しています。日本企業は以下の3点を意識して戦略を再構築する必要があります。
- 「品質」の定義を見直す:
「見た目の美しさ」だけを品質とする考え方を捨て、「文脈の深さ」や「情報の透明性」を新たな品質指標として設定する。AIで作れるきれいな画像よりも、自社にしか出せない独自のナラティブ(物語)にリソースを配分する。 - 透明性を競争力にする:
AI生成コンテンツを使用する場合は、電子透かし技術(C2PAなど)の導入や、キャプションでの明記を徹底する。日本では「正直であること」が強力なブランディングになるため、AI活用ポリシーを公開し、消費者に対して誠実な姿勢を示すことが差別化につながる。 - ハイブリッドな制作体制の構築:
すべてをAIに任せるのではなく、大量のバリエーション出しや下書きにはAIを活用し、最終的な「魂を入れる」工程や、信頼性が問われる部分には人間が介入する「Human-in-the-loop」の体制を確立する。これにより、業務効率化とブランドの真正性の維持を両立させる。
「映え」が終わった後に来るのは、AIと人間がそれぞれの得意領域で共存し、より本質的な価値を問う時代です。ツールとしてのAIに振り回されるのではなく、自社の「真実」を伝えるためにどうAIを使うかという視点が、今のリーダーには求められています。
