Gemini、ChatGPT、Grokなど、主要なAIチャットボットの「計算精度」を比較した研究が話題となっています。しかし、企業が実務でAIを導入する際、単に「どのモデルが計算に強いか」を知るだけでは不十分です。本記事では、大規模言語モデル(LLM)がなぜ計算を苦手とするのかという構造的な理由を解説し、日本の商習慣において数値の正確性をどう担保すべきか、その技術的・組織的な対策を考察します。
なぜ「言葉のプロ」であるAIは計算を間違えるのか
最近の研究では、GeminiやChatGPT、Grokといった最新のAIモデルに対し、数百件の日常的な数学プロンプトを用いてその精度を比較検証する試みが行われています。これらのベンチマーク結果はモデル選定の一つの指標にはなりますが、実務家がまず理解すべきは「そもそもLLM(大規模言語モデル)は計算機ではない」という事実です。
LLMは、膨大なテキストデータから「次に来る単語(トークン)」を確率的に予測する仕組みで動いています。例えば「1+1=」の後に「2」が出現する確率が高いことは学習していますが、これは論理的に計算した結果ではなく、言語的なパターンとして記憶しているに過ぎない場合が多々あります。そのため、桁数が増えたり複雑な演算になったりすると、もっともらしい顔をして間違った数字を出力する「ハルシネーション(幻覚)」が起こりやすくなります。
日本企業の実務における「数値」の重み
日本のビジネス現場、特に見積書作成、経理処理、在庫管理、あるいは製造業における品質管理データなどの領域において、数値の誤りは致命的です。「約90%の精度で計算が合っている」というAIは、クリエイティブな文章作成支援としては優秀でも、基幹業務のアシスタントとしてはリスクが高すぎます。日本の商習慣では、1円のズレも許容されない厳格さが求められる場面が多く、AIの出力した数字を人間が全て再計算しなければならないのであれば、業務効率化の本末転倒になりかねません。
したがって、企業がAI活用を進める際、「計算が得意なモデルを選ぶ」というアプローチには限界があります。モデル自体の性能向上を待つのではなく、システムアーキテクチャ(設計)で正確性を担保するアプローチが必要です。
「Tool Use」と「Function Calling」による解決策
現在、エンジニアリングの現場で主流になりつつある解決策は、LLMに直接計算をさせるのではなく、LLMを「計算機を操作する司令塔」として使う方法です。これを「Tool Use(ツール利用)」や「Function Calling(関数呼び出し)」と呼びます。
例えば、ChatGPTの「Advanced Data Analysis(旧Code Interpreter)」機能が代表的です。この機能では、AIが内部でPythonなどのプログラムコードを書き、それを実行して計算結果を得ています。つまり、確率的な予測ではなく、論理的なプログラム実行結果を回答として返すのです。日本企業のシステム開発においても、複雑な計算が必要なタスクでは、LLM単体に答えを出させるのではなく、必ず外部の計算APIや社内の既存システム(ERPなど)をAPI経由で叩かせ、その結果をLLMに要約させるという構成が推奨されます。
日本企業のAI活用への示唆
以上の背景を踏まえ、日本企業の意思決定者やプロジェクト担当者は、以下の3点を意識してAI導入を進めるべきです。
1. 適材適所のアーキテクチャ設計
「生成AIは何でもできる魔法の杖」ではありません。文章の要約や翻訳、アイデア出しにはLLMの能力をフル活用しつつ、正確な計算や事実確認が必要な部分は、従来のプログラムやデータベースと連携させる「ハイブリッドな構成」を前提に企画してください。
2. 「人間による確認(Human-in-the-loop)」のプロセス化
AIが提示した見積もり金額や統計データは、必ず担当者が確認するフローを業務プロセスに組み込んでください。特に日本企業では説明責任(アカウンタビリティ)が重視されるため、AIの誤りが対外的な信用問題に発展しないよう、最終承認権限は人間が持つというガバナンスが必要です。
3. ベンダー選定時の視点
AIソリューションを選定する際は、「どのLLMを使っているか」だけでなく、「計算や事実確認の精度を担保するために、どのような周辺技術(RAGやFunction Callingなど)を組みわせているか」を質問してください。この回答の具体性で、そのベンダーの実務理解度を測ることができます。
