「自然言語でデータベースと対話できる」という生成AIの進化により、再びSQL不要論がささやかれています。しかし、過去のNoSQLやMapReduceのブームと同様、SQLは生き残るだけでなく、むしろAIによってその価値が再定義されつつあります。本記事では、AIとSQLの関係性を正しく理解し、日本企業が取るべきデータ基盤戦略について解説します。
SQL「不要論」の系譜とリアリティ
IT業界では定期的に「SQLは古く、いずれ新しい技術に取って代わられる」という議論が巻き起こります。2010年代初頭には、MongoDBやCassandraといったNoSQLデータベースの台頭により、リレーショナルデータベース(RDBMS)とSQLの終焉が予言されました。また、HadoopなどのMapReduce技術が登場した際も同様の議論がなされました。
しかし、結果はどうなったでしょうか。多くのNoSQL製品やビッグデータ基盤は、結局のところSQLインターフェース(SQL風のクエリ言語)を実装し、「人間が理解しやすく、最適化しやすい」標準言語であるSQLへと回帰しました。今回の生成AIブームにおいても、「AIが自然言語を理解するからSQLは不要になる」という言説がありますが、実務的な観点からは「AIはSQLを置き換えるのではなく、SQLをより巧みに操るようになる」と捉えるのが正確です。
AIはSQLの「代替」ではなく「使い手」である
大規模言語モデル(LLM)の強力なユースケースの一つに「Text-to-SQL(自然言語からSQLクエリを生成する技術)」があります。これにより、非エンジニアでも「先月の関東エリアの売上推移を出して」と指示するだけでデータを抽出できる未来が現実味を帯びてきました。
しかし、ここで生成されているのはあくまでSQLです。データベースという堅牢なシステムに対して、AIは通訳者としてSQLを発行しているに過ぎません。AI自身がデータベースになるわけではなく、既存の業務システムやデータウェアハウス(DWH)との接続プロトコルとして、SQLの重要性はむしろ高まっています。
日本企業の現場では、複雑に入り組んだテーブル設計や、ドキュメント化されていない「暗黙の知(データの仕様)」が多く存在します。AIがこれらを解釈し、正確なSQLを書くためには、人間による適切なメタデータ管理やスキーマ整備が不可欠です。
データガバナンスと「人間が読める」ことの重要性
AI活用において、なぜSQLが重要であり続けるのか。その最大の理由は「決定論的(Deterministic)な処理」と「可読性」にあります。
生成AIは確率論的に動作するため、時に「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」を出力します。もしAIがブラックボックスの中でデータ処理を行い、最終的な数字だけを出してきた場合、その数値が正しいかどうかを企業のコンプライアンス部門や監査法人は検証できません。一方で、AIがSQLを出力するプロセスであれば、エンジニアやアナリストがそのクエリ(処理ロジック)をレビューし、正当性を担保することができます。
日本の商習慣において、金融庁への報告や決算処理など、1円のズレも許されない業務にAIを適用する場合、この「監査可能性(Auditability)」は極めて重要です。SQLは人間が読んで理解できる言語であり、それゆえにガバナンスの最後の砦となり得るのです。
日本企業のAI活用への示唆
以上のグローバルな技術動向と日本の実務環境を踏まえ、日本企業の意思決定者やデータ担当者は以下の点に留意すべきです。
- SQLスキルの軽視は禁物: AIがコードを書けるようになっても、生成されたSQLが正しいか判断し、最適化するスキルは引き続き重要です。若手エンジニア育成において、SQLの基礎をおろそかにすべきではありません。
- 「AIが読める」データ環境の整備: 日本企業にありがちな、カラム名が「col1, col2」であったり、備考欄に重要情報が詰め込まれていたりするデータベースでは、AIは正確なSQLを生成できません。データカタログの整備や、テーブル定義書の最新化(メタデータ管理)こそが、AI活用の成功率を左右します。
- ハイブリッドなインターフェース設計: すべてをチャットボット(自然言語)にするのではなく、定型的な業務はダッシュボードで、非定型な分析はAI支援によるSQL生成で、というように使い分けるのが現実的です。リスクを管理しながら、AIを「優秀なデータアシスタント」としてチームに迎え入れる姿勢が求められます。
