サイバーセキュリティ領域におけるAI活用が、実験段階から実用段階へと移行しています。CYFIRMAの最新レポートが示す「AIエージェントによる分析支援」と「数千件規模のディープフェイク検知」という事実は、日本企業にとっても無視できない変化です。本稿では、グローバルの脅威動向と日本のセキュリティ実務の現状を踏まえ、AIによる防御態勢の強化と新たなリスクへの対応策を解説します。
セキュリティ運用の「非対称性」を解消するAIエージェント
サイバーセキュリティの世界では長らく、攻撃者側が有利で防御側が不利という「非対称性」が課題とされてきました。しかし、最新の外部脅威情勢管理(ETLM)プラットフォームの動向は、このバランスに変化が生じていることを示唆しています。元記事にあるCYFIRMAの事例では、14,600人以上のユーザーが「Ask DeCYFIR」というAIエージェントを活用していると報告されています。
ここで重要なのは、単なるチャットボットの導入ではなく、膨大な脅威インテリジェンス(攻撃者の意図、能力、インフラに関する情報)を、自然言語で即座に問い合わせ・分析できる環境が整いつつあるという点です。生成AIを組み込んだセキュリティ運用(SecOps)は、専門的なクエリ言語を習得していない担当者でも高度な脅威分析を可能にし、意思決定のスピードを劇的に向上させます。
日本企業においては、セキュリティ人材の慢性的な不足が深刻な経営課題です。高度なスキルを持つアナリストを採用することは困難ですが、こうしたAIエージェントが「副操縦士(コパイロット)」として機能することで、既存のITチームがセキュリティ分析の一次対応を担えるようになる可能性があります。これは、業務効率化だけでなく、組織全体のセキュリティリテラシーの底上げにも寄与するでしょう。
ディープフェイクという「見えない脅威」の可視化
もう一つの注目すべき点は、6,456件ものディープフェイクが特定・緩和されたという事実です。これは、ディープフェイクがもはや一部の著名人を狙ったいたずらではなく、企業に対する実質的な攻撃ベクトル(攻撃経路)として定着していることを意味します。
グローバルな文脈では、経営幹部の声を模倣したCEO詐欺(ビジネスメール詐欺の音声版)や、偽のニュース動画による株価操作、ブランド毀損などが懸念されています。生成AIの進化により、攻撃者は安価かつ大量に、本物と見分けがつかない偽情報を生成できるようになりました。
日本の商習慣において「信頼」や「ブランドイメージ」は極めて重要です。自社の役員が不適切な発言をしているような偽動画が拡散された場合、その真偽を確認している間にSNS等で炎上し、取り返しのつかないレピュテーションリスクを招く恐れがあります。ディープフェイクを技術的に検知し、即座に「これは偽物である」と証明できる仕組みを持つことは、これからの企業ガバナンスにおいて必須の要件となりつつあります。
AI活用のリスクと限界:ハルシネーションと過信
一方で、AIをセキュリティ対策に組み込むことにはリスクも伴います。生成AI特有の「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」は、セキュリティ判断においては致命的となりかねません。AIエージェントが誤った脅威判定を下したり、無害な通信を攻撃と見なしたり(過検知)する可能性は常に残ります。
また、攻撃者側も同様にAIを活用して攻撃を高度化させています。「AI対AI」のいたちごっこが加速する中で、企業はツールを導入して終わりにするのではなく、最終的な判断を人間がどのように下すかという「Human-in-the-loop(人間が介在する仕組み)」の設計を維持することが不可欠です。
日本企業のAI活用への示唆
以上の動向を踏まえ、日本の意思決定者や実務担当者は以下のポイントを意識してAI実装を進めるべきです。
- 人材不足対策としてのAIエージェント活用:
セキュリティ専門家を外部から探すだけでなく、社内のIT人材にAIエージェントという武器を持たせ、対応能力を強化する「内製化支援」の文脈でツール選定を行うことが推奨されます。 - ディープフェイク対応のBCP策定:
サイバー攻撃への技術的な対応だけでなく、ディープフェイクによる偽情報が拡散した場合の広報対応、法的措置を含めた事業継続計画(BCP)を見直す必要があります。特に上場企業においては、IR(投資家向け広報)部門との連携も重要です。 - ガバナンスと透明性の確保:
AIが提示した分析結果を鵜呑みにせず、なぜその結論に至ったのかを確認できる「説明可能なAI(XAI)」の視点を持つソリューションを選ぶことが、コンプライアンス遵守の観点からも重要です。
AIは脅威でもありますが、正しく活用すれば防御側の強力な資産となります。受け身の姿勢ではなく、AIを味方につけた能動的なサイバーレジリエンス(回復力)の構築が求められています。
