米国の暗号資産取引所GeminiがBNB(Binance Coin)の取り扱いとカストディ(管理・保管)を開始しました。一見、AI分野とは異なるフィンテック領域のニュースですが、厳格な「規制準拠」と「外部エコシステムへの接続」を両立させるこの動きは、セキュリティを重視しながら生成AIの導入を進める日本企業にとって、極めて重要なガバナンス上の示唆を含んでいます。
「信頼された基盤」が外部資産を取り込む意味
今回のニュースの核心は、ニューヨーク州金融サービス局(NYDFS)の認可を受けるなど「規制順守(コンプライアンス)」と「セキュリティ」を最大の売りにしてきたGeminiが、外部の巨大なエコシステムであるBNBチェーンの資産を、自社の管理下(カストディ)に組み込んだ点にあります。これは、堅牢なセキュリティ基準を維持したまま、ユーザーが求める多様な価値へのアクセスを提供するという「攻めと守りの両立」を象徴する動きです。
これをAIの文脈、特に現在日本企業が直面している生成AI(GenAI)や大規模言語モデル(LLM)の導入課題に置き換えて考えてみましょう。多くの国内企業は「セキュリティリスク」や「ハルシネーション(AIの嘘)」を懸念するあまり、外部の強力なAIモデルの活用を躊躇し、閉じた環境(オンプレミスや限定的なモデル)に留まろうとする傾向があります。
しかし、Geminiの事例が示唆するのは、適切な「管理・監視の仕組み(ガバナンス)」さえ構築できれば、外部の革新的なリソースを安全にビジネスに取り込めるという事実です。
AIにおける「カストディ」:データガバナンスとMLOps
元記事で言及されている「Regulated Custody(規制された保管)」という概念は、AI分野における「データガバナンス」や「MLOps(機械学習基盤の運用)」の重要性と重なります。
金融資産を安全に預かるのと同様に、企業はAIに入力される「機密データ」や、AIが出力する「生成物」を安全に管理する必要があります。具体的には、以下のような技術的・組織的な対策が、AI活用における「カストディ」機能に相当します。
- 入出力フィルタリング: 個人情報や機密情報の流出を防ぐガードレール機能の実装
- 監査ログの保全: 誰が、いつ、どのようなプロンプトを入力し、AIがどう回答したかの完全な記録
- モデルの品質管理: AIの回答精度を継続的にモニタリングするMLOpsの仕組み
日本企業が目指すべきは、リスクをゼロにするためにAIを禁止することではなく、こうした「管理層」を厚くすることで、OpenAIのGPTシリーズやGoogleのGemini(こちらはAIモデルの方です)、あるいはオープンソースのLLMなど、多様な外部モデルを安全に使いこなす環境を作ることです。
「閉じた安全」から「開かれた信頼」へ
日本の商習慣において「信頼」は不可欠ですが、それは「鎖国」を意味しません。Gemini取引所がBNBという外部のトークンを取り扱ったように、これからのAI戦略では「マルチモデル」への対応が鍵となります。
特定のAIベンダーに依存する(ベンダーロックイン)のではなく、業務内容に応じて最適なモデルを使い分ける柔軟性が求められます。その際、企業としてのセキュリティポリシー(法規制対応や社内規定)を、どのモデルを使用する場合でも一貫して適用できる「統合ガバナンス基盤」の構築が、情シス部門やDX推進担当者の喫緊の課題となるでしょう。
日本企業のAI活用への示唆
今回のフィンテック事例をAI戦略に転用すると、以下の3点が実務的なアクションとして浮かび上がります。
- ガバナンスは「ブロッカー」ではなく「イネイブラー」である:
規制やルールは活用を止めるためのものではなく、安全に外部の最新技術(最新のLLMなど)を取り込むための基盤と捉え直す必要があります。 - 中間層(ミドルウェア)への投資:
AIモデルそのものの開発よりも、それらを安全に管理・統制するためのゲートウェイや監視ツール(MLOps/LLMOpsツール)への投資が、日本企業の組織文化には適合します。 - 説明責任と透明性の確保:
「規制されたカストディ」が顧客に安心を与えるように、AIの利用においても「なぜその回答が出たのか」「データはどう扱われているか」をステークホルダーに説明できる透明性を確保することが、実運用への近道です。
