22 1月 2026, 木

AIによる「職の変容」と企業の責任──サル・カーン氏の提言から考える日本の人材戦略

生成AIの普及に伴い、労働市場へのインパクトが議論されています。米国の教育イノベーターであるサル・カーン氏は、AIによる労働者の置き換えが想定以上の規模で進むと警告し、企業の利益を再教育(リスキリング)に還元すべきだと主張しています。この提言を、労働人口減少という独自の課題を抱える日本企業はどう受け止め、実務に落とし込むべきか解説します。

「見えない規模」で進行する労働の置き換え

オンライン教育プラットフォーム「カーン・アカデミー」の創設者サル・カーン氏は、AIがもたらす労働市場への影響について、多くの人々が認識しているよりもはるかに大規模な「置き換え(Displacement)」が進行すると指摘しています。これまでの自動化が主に肉体労働や定型業務を対象としていたのに対し、生成AIやLLM(大規模言語モデル)は、高度な認知的タスクやクリエイティブな領域にも浸透し始めています。

カーン氏の主張の核心は、AIによって利益を享受する企業には、その技術によって職を追われる、あるいは職務が激変する労働者に対して責任があるという点です。彼は、AI導入による増益の一部を寄付し、それを原資として労働者の再教育(レイトレーニング)を行うべきだと提言しています。これは単なる慈善活動ではなく、社会システムの安定を維持するための「必須コスト」として捉える視点です。

日本における文脈:失業リスクか、労働力不足の解消か

この議論をそのまま日本に持ち込む際、考慮すべき決定的な違いがあります。それは「深刻な労働人口の減少」です。米国ではAIによる失業率の増加が懸念の中心にありますが、日本では「AIを使わなければ業務が回らない」という供給制約が先に顕在化しています。

日本企業にとって、AIは「人を減らすためのコスト削減ツール」という側面よりも、「限られた人数でビジネスを維持・成長させるための拡張ツール」としての期待が大きいのが実情です。しかし、だからといってカーン氏の警告が無関係というわけではありません。日本においても、事務処理、翻訳、初歩的なプログラミング、カスタマーサポートなどの領域で、既存の業務プロセスが不要になるケースが増えています。

問題は「人余り」ではなく「スキルミスマッチ」です。AI活用を前提とした業務フローに対応できない人材が社内で余剰化する一方で、AIを使いこなせる人材は枯渇している──この二極化こそが、日本企業が直面する最大のリスクと言えます。

リスキリングを「福利厚生」から「事業戦略」へ

カーン氏が提案する「利益の一部を再教育へ」という考え方は、日本企業においては「人的資本経営」の文脈で再解釈すべきです。従来、日本企業の教育研修はOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)が中心でしたが、生成AIの進化スピードはOJTでカバーできる範囲を超えています。

企業は、AI導入によって浮いたコストや創出された利益を、単に内部留保や株主還元に回すのではなく、従業員のデジタル・リスキリングに「再投資」する必要があります。ここでいうリスキリングとは、単にAIツールの使い方を覚えることではありません。「AIが出力した内容の真偽を検証する力(AIガバナンスの基礎)」や、「AIに適切な指示を与え、業務フロー自体を再設計する力」を養うことです。

日本企業のAI活用への示唆

以上のグローバルな動向と日本の現状を踏まえ、意思決定者や実務者が意識すべきポイントは以下の通りです。

1. 削減ではなく「配置転換」を前提としたROI設計

AI導入の投資対効果(ROI)を計算する際、単なる人件費削減だけを指標にすると、組織の士気低下や労働法制上のリスクを招きます。日本企業では、AIによって創出された余力を、より付加価値の高い業務や新規事業開発へ「再配置」することを前提に計画を立てるべきです。これにより、従業員のAI受容性も高まります。

2. リスキリングへの「利益還元」の制度化

カーン氏の提言を応用し、AI活用プロジェクトで得られた成果の一部を、部門の教育予算として還元する仕組みを検討してください。例えば、生成AI導入で残業時間が削減できた場合、その浮いたコストの一部を従業員の学習支援やデジタルツールのライセンス費用に充てるなど、現場がメリットを感じられる循環を作ることが重要です。

3. AI格差による組織分断の防止

AIを使いこなす層とそうでない層の間で、生産性と評価の格差が急速に広がります。技術的なトレーニングだけでなく、マネジメント層が「AI時代の評価制度」を再定義する必要があります。成果物の質だけでなく、AIを活用していかにプロセスを効率化したか、あるいはチームのAIリテラシー向上に寄与したかといった観点を評価軸に組み込むことが、組織全体の底上げにつながります。

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