インドのカルカッタ高等裁判所が、OpenAIに対するIndiaMARTの訴訟において「一応の確からしさ(Prima Facie Case)」を認めました。この事例は、生成AIが単なるツールから情報の「ゲートキーパー」へと進化する中で、企業が直面する新たな競争法上の課題と、AI検索における自社プレゼンスの維持という実務的な問題を浮き彫りにしています。
AIによる「検索」が抱えるブラックボックス問題
インドの大手B2BマーケットプレイスであるIndiaMARTが、OpenAIを相手取り訴訟を起こしました。争点は、ChatGPTの検索機能(またはブラウジング機能)において、IndiaMARTのウェブサイトやコンテンツが不当に排除されているという点です。カルカッタ高等裁判所は現時点で即時の救済措置(差し止め等)は認めなかったものの、IndiaMARTの主張には「強力な一応の根拠がある」との見解を示しました。
このニュースは、単なる一企業の法的紛争にとどまらず、今後のインターネットエコシステム全体に関わる重大な問いを提起しています。これまでGoogleなどの検索エンジンに対して求められてきた「検索の中立性」や「表示の公平性」という議論が、そのまま生成AIのチャットインターフェースにも適用されつつあるのです。
SEOから「AIO(AI Optimization)」へのパラダイムシフト
日本国内でも、ユーザーの情報収集行動は従来の検索エンジンから、PerplexityやChatGPT、Geminiといった対話型AIへと一部移行し始めています。ここで重要になるのが、「AIが自社の情報を正しく参照し、ユーザーに提示してくれるか」という点です。
従来のSEO(検索エンジン最適化)では、アルゴリズムがある程度解析され、順位を上げるための施策が確立されていました。しかし、大規模言語モデル(LLM)と検索機能(RAG:検索拡張生成)を組み合わせたAIの回答生成プロセスは、極めて複雑なブラックボックスです。なぜ特定のサイトが参照され、なぜ別のサイトが無視されるのか、その理由は不透明です。
もし、特定のプラットフォームが競合他社を優先したり、あるいは自社サービスへの動線を確保するために特定のドメインを意図的に排除したりすれば、それは独占禁止法や競争法上の重大なリスクとなります。
日本の法規制と公正取引委員会の動向
日本において、この問題は「デジタルプラットフォーム取引透明化法」や独占禁止法の文脈で語られるべきテーマです。現在、公正取引委員会(JFTC)は生成AI市場の動向を注視しており、AI基盤モデルを提供する事業者が、下流のサービスに対して不当な取引制限を行っていないか調査を進めています。
例えば、AIプラットフォーマーが特定の提携企業のデータのみを優遇して回答に含めたり、正当な理由なく特定の日本企業を「検索結果」から排除したりした場合、それは優越的地位の濫用や取引妨害とみなされる可能性があります。今回のインドでの訴訟は、こうしたAIプラットフォーマーの「裁量」に対する司法の介入可能性を示唆しており、日本企業にとっても対岸の火事ではありません。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例を踏まえ、日本の意思決定者やプロダクト担当者は以下の点に留意して戦略を練る必要があります。
1. AI検索における「可視性」のモニタリング
自社のサービスや製品が、主要な生成AI(ChatGPT, Gemini, Copilot, Perplexity等)でどのように扱われているか定期的に監査する必要があります。誤った情報が出力されていないかだけでなく、「そもそも参照されているか」を確認し、必要であれば`robots.txt`の設定見直しや、構造化データの実装など、AIが読み取りやすい形式での情報発信(AIO: AI Optimization)を強化すべきです。
2. プラットフォーム依存リスクの分散
特定のAIプラットフォームからの流入や参照に過度に依存するビジネスモデルは危険です。アルゴリズムの変更や、今回のような「説明なき排除」によって、一夜にして顧客接点を失うリスクがあります。マルチチャネルでの集客戦略を維持しつつ、AIプラットフォームとは適度な距離感を保つことが重要です。
3. 法的・倫理的な「説明責任」の要求
自社がAIを活用して検索サービスやレコメンドエンジンを開発する場合、逆に「なぜその回答(検索結果)を出したのか」という透明性が問われることになります。AIガバナンスの観点から、特定のデータソースを排除・優遇する際のロジックを明確化し、ブラックボックス化を防ぐ設計が、将来的な法的リスクを低減します。
