ヒューマノイドロボットが音声コマンドを通じてハッキングされ、制御を奪われるという実証事例が報告されました。AIが物理的な「身体」を持つ際、従来のサイバーセキュリティとは異なる次元のリスク管理が求められます。本稿では、この事例を端緒に、日本企業がAIロボティクスを導入する際に考慮すべきガバナンスと技術的対策について解説します。
音声が「攻撃コード」に変わる瞬間
先日、海外の研究チームにより、特定のヒューマノイドロボットが音声コマンドを通じてハッキング可能であるという衝撃的なデモンストレーションが行われました。報告によると、ロボット内部で稼働するAIエージェントのソフトウェア上の欠陥を突くことで、外部からの音声指示のみでロボットの制御権を奪取し、意図しない動作をさせたり、同一ネットワーク内の他デバイスへ攻撃を拡散させたりすることが可能であることが示されました。
これは、従来「キーボードを用いたコード入力」によって行われていたサイバー攻撃が、生成AIや音声認識技術の普及に伴い、「自然言語による会話」だけで成立してしまうリスクを可視化したものです。特に、ロボットが自律的な判断を行うための「内部AIエージェント」が、外部からの入力を適切にサニタイズ(無害化)できずにコマンドとして実行してしまう点は、大規模言語モデル(LLM)におけるプロンプトインジェクション(※AIに対し、開発者が意図しない指示を強制させる攻撃手法)が、物理的なハードウェア制御にまで及んだ事例と言えます。
「Embodied AI(身体性AI)」が抱える物理的リスク
チャットボットや画像生成AIのようなソフトウェア完結型のAIと異なり、ロボットに搭載されるAIは「Embodied AI(身体性を持つAI)」と呼ばれます。この分野では、セキュリティ侵害が単なる「情報の漏洩」にとどまらず、「物理的な損害」や「人命への危険」に直結します。
今回の事例で重要なのは、ネットワークのファイアウォールを突破されたわけではなく、正規のインターフェースである「マイク(音声入力)」が攻撃の入口になったという点です。AIエージェントが高い権限を持ち、ハードウェアの深部まで制御できる設計になっている場合、AIが「騙される」ことは、すなわちロボットが「乗っ取られる」ことを意味します。製造現場や介護施設など、人とロボットが協働する環境において、この脆弱性は極めて重大な懸念事項となります。
日本のロボット産業・導入現場における課題
日本は世界有数のロボット大国であり、製造業のFA(ファクトリーオートメーション)から、深刻化する人手不足を補うためのサービスロボット、介護ロボットの導入まで、国を挙げて推進しています。しかし、日本の「安全神話」は、主に機械的な故障や誤作動を防ぐ「機能安全(Safety)」に重点が置かれており、AI特有の挙動やサイバー攻撃に対する「セキュリティ(Security)」への備えは、まだ発展途上にあるケースが見受けられます。
特に近年は、安価で高性能な海外製AIロボットの導入事例も増えています。ハードウェアとしての品質は高くとも、その頭脳にあたるAIエージェントのロジックがブラックボックス化している場合、今回のようなバックドアや脆弱性が潜んでいるリスクを排除しきれません。日本企業特有の商習慣として、ベンダーを過度に信頼し、納品後のセキュリティ検証を十分に行わない傾向がありますが、AI搭載機器に関してはその姿勢を改める必要があります。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例を踏まえ、AIを搭載したハードウェアやロボティクス製品を開発・導入する日本企業は、以下の点に留意して意思決定とガバナンス構築を進めるべきです。
1. AIと制御系の分離(サンドボックス化)
AIエージェントが、安全装置や緊急停止機能といった最下層の制御レイヤーを直接書き換えられないよう、設計レベルで権限を分離する必要があります。「AIが何を命令しても、物理的に危険な動作は実行されない」というハードウェア側のガードレールを設けることが、実務上の安全策となります。
2. 入力インターフェースのゼロトラスト対応
「音声コマンドは誰でも発することができる」という前提に立ち、重要な操作には音声生体認証や、物理的な確認ボタンの押下を組み合わせるなど、多要素認証(MFA)の考え方を物理デバイスにも適用すべきです。特に公共空間やオープンスペースで稼働するロボットにおいては必須の要件となります。
3. サプライチェーン・セキュリティの徹底
導入するロボットやIoT機器が、どこの国のどのようなAIモデルを使用しているか、ファームウェアの更新プロセスは透明か、といったSBOM(ソフトウェア部品表)レベルでの管理が求められます。特に海外製ハードウェアを採用する場合は、カントリーリスクを含めたセキュリティ評価プロセスを調達基準に組み込むことが、企業のコンプライアンスとして重要になります。
