生成AIのトレンドは、単なる対話から自律的にタスクを遂行する「Agentic AI(エージェント型AI)」へと急速にシフトしています。Google Cloudをはじめとする巨大テック企業が2026年に向けてこの分野に巨額の投資を行う中、日本企業はこの波をどう捉え、実務に組み込むべきか。技術の民主化がもたらすメリットと、日本特有の組織課題である「シャドーAI」のリスクについて解説します。
Agentic AI(エージェント型AI)とは何か
これまでの生成AI、特にChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)は、主に「情報の要約」「文章生成」「コード作成」といった、人間への『支援』に主眼が置かれていました。しかし、現在世界的に注目されているのは、AI自身が計画を立て、ツールを操作し、一連の業務フローを完遂する「Agentic AI(エージェント型AI)」です。
Agentic AIは、単に質問に答えるだけでなく、例えば「在庫データを確認し、不足分を発注システムに入力し、担当者にメールで報告する」といった複数のステップを自律的に判断して実行します。元記事でも触れられている通り、Google CloudのVertex AI Agent Builderなどのプラットフォームは、こうした自律型エージェントの開発ハードルを劇的に下げつつあり、クラウド市場における次の大きな収益源(1兆ドル規模の変曲点)になると予測されています。
「市民開発者」による自動化とその功罪
この技術潮流における最大のポイントは、高度なプログラミングスキルを持たない非エンジニア(営業、人事、経理などの現場担当者)でも、自然言語を用いて独自のAIエージェントを作成できる「Citizen Agents(市民エージェント)」の台頭です。
エンジニア不足が深刻な日本企業において、現場主導で業務自動化が進むことは大きな福音です。現場の細かな暗黙知や商習慣を最も理解しているのは、IT部門ではなく現場の担当者だからです。しかし、ここには日本企業特有の重大なリスクも潜んでいます。
かつて日本のオフィスで大量発生し、保守不能となった「属人化したExcelマクロ」と同じ問題が、AIエージェントでも起こり得るのです。誰が作ったか分からない、どのようなロジックで動いているか不明な「野良エージェント」が社内システムを勝手に操作し始めた時、ガバナンスとセキュリティは崩壊します。
日本企業が直面する実装の課題
Agentic AIの実装において、日本企業は欧米とは異なるアプローチが必要です。まず、日本の業務プロセスは「あうんの呼吸」や「明文化されていないルール」に依存しているケースが多く、AIに明確な指示を与えるための業務標準化が前提となります。
また、法規制やコンプライアンスの観点からも注意が必要です。AIが自律的に外部サービスと連携したり、個人情報を処理したりする場合、改正個人情報保護法や著作権法、さらには各業界のガイドラインに抵触しないよう、厳格なガードレール(安全策)を設ける必要があります。GoogleやMicrosoftなどのクラウドベンダーは「責任あるAI」のフレームワークを提供していますが、最終的な利用責任はユーザー企業にあります。
さらに、AIエージェントは「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」を起こすリスクが依然として残っています。単なるチャットであれば人間がファクトチェックできますが、APIを通じて「発注」や「送金」などのアクションを自動実行させる場合、そのミスの代償は甚大です。したがって、「Human-in-the-loop(人間が最終確認をする仕組み)」をどのプロセスに組み込むかが、実務上の設計における最重要事項となります。
日本企業のAI活用への示唆
グローバルの潮流と日本の実情を踏まえ、意思決定者や実務担当者は以下の点に留意してAgentic AIの導入を検討すべきです。
1. ガバナンスと民主化のバランス
現場による開発(民主化)を完全に禁止するのではなく、IT部門が認可したサンドボックス環境や監視ツールを提供し、「管理された自由」を与える環境整備が必要です。「誰が、いつ、何のためにエージェントを作ったか」を台帳管理する仕組みを初期段階から構築してください。
2. 業務プロセスの棚卸しと標準化
AIに自律的な行動をさせるためには、業務フローが論理的かつ明確である必要があります。AI導入以前のステップとして、属人的な業務の可視化と標準化を進めることが、結果としてAgentic AIの成功率を高めます。
3. リスク許容度に応じた適用範囲の選定
いきなり顧客対応や決済処理などのハイリスクな領域に自律エージェントを適用するのではなく、まずは社内情報の検索、文書の下書き作成、スケジュールの調整など、ミスが発生しても修正可能な「ローリスク・ハイリターン」な領域から実証実験を開始することを推奨します。
Agentic AIは、労働人口が減少する日本において、デジタルワーカーとして不足する労働力を補う切り札となり得ます。2026年の市場拡大を見据え、今から組織的な準備と小規模な検証を始めることが、競争優位を築く鍵となるでしょう。
