米国の投資家たちの間では、2030年代の覇権を握るデバイスとして「AIスマートグラス」への注目が高まっています。メタ・プラットフォームズ(Meta)が描く、スマートフォンに代わる次世代コンピューティングのビジョンと、そこにおける生成AIの役割、そして日本企業が直面する機会と課題について解説します。
スマートフォンの次に来る「アンビエント・コンピューティング」
現在、世界のテクノロジー投資家やビジョナリーたちが注目しているのは、現在のスマートフォンのような「画面を覗き込む」体験から、AIが常に視界や聴覚を共有する「ウェアラブルかつアンビエント(環境に溶け込んだ)な」体験へのシフトです。The Motley Foolの記事でも言及されているように、マーク・ザッカーバーグ氏は、AIを搭載したスマートグラスが将来の主要なコンピューティングデバイスになると予測しています。
これまでのデバイスと決定的に異なるのは、マルチモーダルAI(テキストだけでなく、画像、音声、映像を同時に処理できるAI)の存在です。ユーザーが見ている風景をAIも同時に「見て」、ユーザーが聞いている音をAIも「聞いて」います。例えば、目の前にある機械部品を見つめながら「これの修理方法は?」と尋ねれば、AIが即座にマニュアルを視界に表示したり、音声でガイドしたりする未来が現実味を帯びてきています。
Metaの戦略:オープンソースAI「Llama」とハードウェアの融合
Metaがこの分野で強力なポジションを築きつつある背景には、同社が開発する大規模言語モデル(LLM)「Llama」シリーズの存在があります。AppleやGoogleがOS(オペレーティングシステム)のプラットフォーマーとしてスマートフォンの覇権を握ったのに対し、MetaはAIモデル自体を「次世代のOS」と位置づけ、それをオープンに近い形で公開することでエコシステムを広げる戦略をとっています。
高性能なAIモデルと、レイバン(Ray-Ban)との提携に見られるような「違和感のないハードウェア」の組み合わせは、技術的な完成度を高めています。しかし、ここには技術的な課題も残ります。常時稼働するAIを支えるバッテリー寿命、発熱処理、そして何より、カメラとマイクを常に身につけることに対する社会的受容性の問題です。
日本市場における「プライバシー」と「現場活用」の壁
日本企業がこのトレンドを捉える際、最も慎重になるべきはプライバシーとコンプライアンスの壁です。日本では、公共の場での撮影に対する心理的抵抗感が欧米以上に強く、また「盗撮」への懸念からシャッター音の強制など独自の商習慣が存在します。スマートグラスが一般消費者に普及するには、法的な整理だけでなく、社会的な合意形成に相当な時間を要するでしょう。
一方で、BtoB(ビジネス向け)領域、特に「現場」を持つ日本企業にとっては大きなチャンスです。製造業の組立ライン、建設現場、医療・介護の現場など、両手を使いながら情報の参照や記録が必要な場面において、AIスマートグラスは生産性を劇的に向上させる可能性があります。人手不足が深刻化する日本において、熟練工の視点をAIが学習し、若手にリアルタイムでコーチングするといった活用は、非常に相性が良いと言えます。
日本企業のAI活用への示唆
ポスト・スマートフォン時代を見据えたAI活用において、日本の意思決定者やエンジニアは以下の点を意識すべきです。
1. 「現場DX」への先行投資
コンシューマー向けの普及を待つのではなく、社内の特定業務(保守点検、物流、手術支援など)において、ウェアラブルAIの導入検証を進めるべきです。ここではプライバシーの問題を管理下(社内規定)でコントロールしやすく、ROI(投資対効果)も明確化しやすいためです。
2. エッジAIとプライバシー・ガバナンス
スマートグラスのようなデバイスでは、すべてのデータをクラウドに送ると遅延やプライバシーリスクが生じます。デバイス内(エッジ)で処理を完結させる技術への注目が高まっています。日本企業としては、データがどこで処理され、保存されるのかというガバナンスを厳格に設計することが、信頼獲得の鍵となります。
3. 独自のデータセットと「Llama」等の活用
汎用的なAIモデルをそのまま使うのではなく、自社のマニュアルや過去のトラブル事例などを学習・検索強化(RAG)させた専用AIを構築することが競争優位になります。オープンなモデルを活用し、自社独自の「現場の知」をAIに組み込む準備を今のうちから進めておくことが重要です。
