ゲーム業界では今、NPC(ノンプレイヤーキャラクター)への大規模言語モデル(LLM)搭載が進んでいますが、多くの専門家や開発者からは「退屈」「安っぽい」といった厳しい声が上がっています。この批判はエンターテインメント領域に限らず、顧客対応や社内システムで対話型AIを活用しようとする日本企業にとっても、UX設計とリスク管理の観点から極めて重要な示唆を含んでいます。
「無限の会話」は必ずしも価値ではない
昨今のゲーム開発において、あらかじめ決められたセリフしか話さない従来のNPCに対し、生成AI(LLM)を搭載することで「ユーザーと無限に自由な会話ができるNPC」を実装する試みが増えています。しかし、元記事で取り上げられているように、多くの専門家やナラティブデザイナー(物語設計者)は、こうした現状の実装に対して「退屈(Boring)」「安っぽい(Cheap)」「ひどい(Horrible)」と辛辣な評価を下しています。
なぜでしょうか。最大の理由は「意図のない会話は、体験としての密度が低い」からです。LLMは文法的に正しい文章を無限に生成できますが、そこには文脈に根差した「目的」や「感情の機微」、そして人間が周到に設計した「演出」が欠けている場合が多いのです。
これは、ビジネスにおけるチャットボットやAIアシスタントの開発にも通じます。「どんな質問にも答えられます」という汎用性は、裏を返せば「的確な回答にたどり着くまでに時間がかかる」「当たり障りのない回答に終始する」というUX(ユーザー体験)の低下を招くリスクがあります。日本のビジネス現場では、明確な正解や迅速な解決が求められるため、ただ会話が続くだけのAIはかえって生産性を阻害する可能性があります。
「安っぽさ」が招くブランド毀損とガバナンスリスク
批判の中で特に注目すべきは「安っぽい(Cheap)」という表現です。これは単に開発コストの話ではなく、体験の質の低さを指しています。LLM特有の「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」や、世界観(ビジネスで言えばブランドのトーン&マナー)を無視した発言は、ユーザーを一気に現実に引き戻し、没入感を削ぎます。
日本企業、特にサービス業や金融機関など信頼性が重視される業界において、AIが不適切な回答や事実に基づかない情報を生成することは致命的なリスクとなります。日本の商習慣では、正確性と丁寧さ(おもてなしの精神)が世界的に見ても高いレベルで求められます。そのため、単にAPIを繋ぎこんだだけの「安易なAI実装」は、顧客からの信頼を失う要因になりかねません。
一方で、すべての専門家が否定的というわけではありません。彼らが期待しているのは、AIを「丸投げ」するのではなく、人間のクリエイティビティを拡張するためにAIを使う「ハイブリッドなアプローチ」です。AIの自律性と、人間によるシナリオ制御のバランスが取れた時、初めて新しい価値が生まれるという見方は、ビジネスAIの現場でも共通しています。
日本企業のAI活用への示唆
ゲーム業界におけるAI活用の試行錯誤は、そのまま企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)やプロダクト開発への教訓となります。日本企業が対話型AIを導入する際には、以下の3点を意識する必要があります。
1. 「対話」自体を目的にしない(UXファースト)
「AIと話せること」自体を機能の売りにすると失敗します。その対話が顧客の課題解決時間を短縮するのか、あるいは新たな気付きを与えるのか。目的から逆算し、場合によっては自由対話よりも、選択肢ベースのUIや、検索拡張生成(RAG)を用いた厳密な情報提供の方がUXとして優れている場合があることを再認識すべきです。
2. 日本品質の「ガードレール」設計
日本のユーザーは品質に対する要求レベルが高いため、AIの回答制御(ガードレール)は欧米以上に厳格に行う必要があります。プロンプトエンジニアリングによる人格形成だけでなく、出力結果のフィルタリング、倫理規定に基づいた評価データセットの構築など、MLOps(機械学習基盤の運用)の観点を取り入れた品質管理体制が不可欠です。
3. 人間とAIの役割分担の明確化
ゲームのNPCが人間の脚本家の手を離れられないように、ビジネスAIも専門家の知見なしには機能しません。AIに全てを任せるのではなく、「定型的な部分はAI、感情的な配慮や最終判断は人間」といったワークフローの設計が重要です。AI導入は「自動化」だけでなく、人間がより付加価値の高い業務(ゲームで言えば、感動的なストーリーの執筆)に集中するための「拡張」であると捉える姿勢が、日本企業の現場には馴染みやすいでしょう。
