市場の過熱感が指摘される中、これからのAI活用は「期待」から「実利」へとフェーズが移る。短期的なブームに惑わされず、中長期的な価値を生み出すために必要な視点とは何か、グローバルな警鐘をもとに解説する。
市場の「過度な熱狂」が示唆するもの
BairdのマネージングディレクターであるTed Mortonson氏は、来年に向けたAI市場の動向について「過度な熱狂(Overexuberance)」と「慢心(Complacency)」がつきまとっていると警鐘を鳴らしました。これは主に投資市場に向けられた言葉ですが、技術実装の現場にいる私たちにとっても、非常に重要な示唆を含んでいます。
2023年から続く生成AIブームにより、日本国内でも多くの企業が実証実験(PoC)に着手しました。しかし、「導入すれば魔法のように生産性が上がる」という過度な期待は、往々にして現場の混乱を招きます。初期の熱狂が落ち着きつつある今、私たちは「何でもできるAI」という幻想を捨て、コスト対効果(ROI)や実運用上のリスクを冷静に見極めるフェーズに入っています。
日本企業が直面する「品質」と「責任」の壁
日本企業特有の商習慣として、成果物に対する極めて高い品質要求があります。生成AIが確率的に出力する回答に含まれる不正確さ(ハルシネーション)は、正確性を重んじる日本の業務プロセスにおいて大きな障壁となります。Mortonson氏が指摘する「慢心」とは、こうした技術的な限界や、ガバナンス上のリスクを軽視したまま突き進む姿勢への警告とも取れるでしょう。
また、著作権法や個人情報保護法への対応はもちろん、EUのAI法(EU AI Act)のような国際的な規制動向も無視できません。日本国内においても、内閣府の「AI事業者ガイドライン」などが整備されつつあり、単に「使える」だけでなく、「説明可能」で「安全」なAIシステムを構築することが求められています。特に金融や医療、インフラといった重要産業においては、開発者だけでなく利用企業の責任も問われることになります。
2026年を見据えた技術と組織の成熟
2026年という少し先の未来を見据えたとき、AI活用の主戦場は「汎用的なチャットボットの導入」から、「自社データと業務プロセスへの深い統合」へとシフトしているはずです。これには、RAG(検索拡張生成)による社内ナレッジの活用や、特定タスクに特化した小規模モデル(SLM)の採用などが含まれます。
技術的なアプローチだけでなく、組織文化の変革も不可欠です。AIを「魔法の杖」としてではなく、ExcelやEメールと同じような「日常的な道具」として定着させるためには、現場レベルでのリテラシー教育と、AIのミスを人間がカバーする「Human-in-the-loop(人間参加型)」のワークフロー設計が必要です。失敗を許容しにくい日本の組織文化の中で、AIの不確実性をどうマネジメントするかこそが、エンジニアやPMの腕の見せ所となるでしょう。
日本企業のAI活用への示唆
今回の市場への警鐘を踏まえ、日本企業が取るべきアクションを以下の3点に整理します。
1. PoCから「価値検証」への厳格なシフト
「とりあえずやってみる」段階は終了しました。導入コスト(推論コストやAPI利用料)と得られる業務効率化のバランスを厳密に計算し、採算が取れるユースケースのみを本番運用に乗せる選球眼が求められます。
2. 「守り」のガバナンスを競争力にする
セキュリティやプライバシー保護、出力の安全性確保を「コスト」としてではなく、顧客からの信頼を獲得するための「競争優位性」と捉え直すべきです。日本企業らしい堅実な品質管理は、AI時代においても強みになり得ます。
3. 独自データの整備とMLOpsの確立
AIモデルそのものの性能競争はテックジャイアントに任せ、企業は「自社独自のデータ」をいかに綺麗に整備し、AIに食わせるかに注力すべきです。また、運用開始後のモデル劣化やデータドリフトを監視するMLOps(機械学習基盤の運用)体制の構築も、2026年に向けて急務となります。
