23 1月 2026, 金

米国NY州「RAISE Act」に見るAI規制の潮流:フロンティアモデルへの義務化と日本企業が備えるべきガバナンス

米国ニューヨーク州で、最先端のAIモデル開発者に対し、安全枠組みの策定と公開を義務付ける法案が署名されました。この動きは、従来の自主的なガイドラインから法的拘束力のある規制への転換を象徴しています。本稿では、この規制がグローバルなAIサプライチェーンに与える影響を解説し、日本のAI実務者や意思決定者が今後のAI導入・活用において留意すべきポイントを考察します。

「フロンティアモデル」への規制強化が意味するもの

2024年12月、米国ニューヨーク州のホークル知事は、AI開発に関する規制法案(RAISE Actの修正案)に署名しました。この法律の核心は、大規模な計算資源を用いてトレーニングされた、いわゆる「フロンティアモデル」の開発企業に対し、安全性に関する情報の作成と公開を義務付ける点にあります。

これまでAIの安全性については、企業の自主規制やホワイトハウスによる「誓約」といったソフトロー(法的拘束力のない規範)が中心でしたが、EUの「AI法(AI Act)」の成立や今回のニューヨーク州の動きに見られるように、欧米ではハードロー(法的拘束力のある法律)による統制へとフェーズが移行しつつあります。

ここで言う「フロンティアモデル」とは、GPT-4やClaude 3、Gemini Ultraのような、汎用的かつ高度な能力を持つ基盤モデルを指します。これらのモデルは、生成AIブームの根幹を成す一方で、バイアス、誤情報の拡散、あるいはサイバーセキュリティ上のリスクなど、予期せぬ社会的影響を及ぼす可能性があります。今回の法規制は、開発企業に対し、これらのリスクをどのように評価し、軽減しているかの透明性を求めたものです。

日本の「ソフトロー」アプローチとのギャップと影響

対して日本国内に目を向けると、総務省や経済産業省が主導する「AI事業者ガイドライン」を中心とした、ソフトローによるアプローチが主流です。これは、イノベーションを阻害しないよう柔軟性を重視したものであり、日本企業にとっては開発や活用の自由度が高い環境と言えます。

しかし、日本企業が「自国の規制だけを見ていればよい」という時代は終わりつつあります。なぜなら、日本の多くの企業が活用している生成AIの基盤モデル(LLM)の多くは、米国企業によって開発されているからです。開発元の米国企業がニューヨーク州法やEU法に準拠して安全性情報を公開するようになれば、その影響はAPIを利用する日本のユーザー企業にも波及します。

具体的には、提供されるモデルの利用規約の変更、リスク評価レポートの開示形式の統一、あるいは特定の高リスク用途における利用制限などが生じる可能性があります。つまり、日本の法規制が緩やかであっても、グローバルな規制基準が事実上の「世界標準(デファクトスタンダード)」となり、日本企業の調達基準や利用ルールにも影響を及ぼすのです。

実務におけるリスク評価とベンダー選定の変化

この潮流は、日本企業のAI導入担当者にとって、メリットとタスクの両方をもたらします。

メリットとしては、ブラックボックスになりがちだった「基盤モデルの安全性」に関する情報が、より詳細に開示されるようになる点です。これまでは「大手テック企業だから大丈夫だろう」という信頼に依存していた部分が、公開された「安全枠組み(Safety Frameworks)」や「モデルカード(モデルの仕様書)」に基づいて、客観的に評価できるようになります。

一方でタスクとしては、ベンダー選定(調達)におけるデューデリジェンスの高度化が求められます。単に精度やコストだけでモデルを選ぶのではなく、「法的要件に基づいた安全性情報の開示がなされているか」「自社のユースケースが、開発元の定める安全基準と矛盾しないか」を確認するプロセスが必要になります。特に、金融や医療、インフラといった重要分野でAIを活用する場合、開発元の透明性は説明責任を果たす上で極めて重要な要素となります。

日本企業のAI活用への示唆

ニューヨーク州の事例は、今後AIガバナンスが「努力目標」から「必須要件」へと変わるシグナルです。日本企業は以下の3点を意識して実務を進めるべきでしょう。

1. グローバル基準を前提としたガバナンス構築
日本の法律がガイドラインベースであっても、社内のAI利用規定は欧米の規制動向(透明性、説明可能性、リスク評価)を意識した水準に設定しておくことが、将来的なリスクヘッジになります。特に海外展開を見据える企業や、海外製モデルを利用する企業は必須です。

2. 「作る責任」と「使う責任」の明確化
自社でLLMを独自開発(ファインチューニング含む)する場合は、将来的に同様の透明性確保が求められる可能性を考慮し、学習データの管理や評価プロセスの記録を徹底する必要があります。一方、APIを利用する立場であれば、プロバイダーが公開する安全性情報を正しく読み解くリテラシーが求められます。

3. 過度な萎縮を避け、説明責任を果たす
規制強化のニュースは「AIを使うのは危険だ」という萎縮を招きがちですが、本質は「リスクを可視化して管理可能にする」ことです。法規制をイノベーションの阻害要因と捉えるのではなく、顧客やステークホルダーに対する信頼性を高めるための「品質保証の枠組み」として活用する姿勢が、日本企業のAI実装を成功させる鍵となります。

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