米国市場では、初期の熱狂的なAIブームが落ち着き、投資家による企業の「選別」が始まっています。モーニングスターのフィリップ・ストール氏が指摘するこの「ハイプ(過度な期待)のリセット」は、AIの終わりではなく、実用化フェーズへの移行を意味します。本稿では、このグローバルな潮流をどう捉え、日本のビジネス現場でどのように実務へ落とし込むべきかを解説します。
投資家の視点は「期待」から「実績」へ
モーニングスター・ウェルスのCIO(最高投資責任者)フィリップ・ストール氏が指摘するように、米国市場におけるAIへの熱狂は新たなフェーズに入りました。これまでのように「AI」という単語だけで株価が上昇したり、資金が集まったりする時期は過ぎ去り、投資家はよりシビアに「どの企業がAIで実際に収益を上げられるか」を選別(Selective)し始めています。
背景には、インフレ懸念や金利政策によるマクロ経済の不透明感がありますが、本質的にはAI技術が「実験室」から「実社会」へと評価の場を移したことを意味します。生成AIが登場した当初の「何でもできるかもしれない」という魔法のような期待値(ハイプ)がリセットされ、現在は導入コスト、推論レイテンシ(応答速度)、ハルシネーション(もっともらしい嘘)のリスクといった現実的な課題と向き合い、具体的なROI(投資対効果)が厳しく問われる段階に来ています。
「PoC疲れ」からの脱却とコスト意識の適正化
このグローバルトレンドは、日本企業の現場にとっても重要な示唆を含んでいます。日本では2023年以降、多くの企業が生成AIのPoC(概念実証)に取り組みましたが、現在は「とりあえず作ってみたが、業務フローに定着しない」「ランニングコストが予想以上にかかる」といった、いわゆる「PoC疲れ」や「PoC死」の壁に直面しているケースが少なくありません。
投資家の選別が始まったということは、企業内プロジェクトにおいても同様の「選別」が必要になることを意味します。単にLLM(大規模言語モデル)を導入するだけでなく、トークン課金による従量コストと、それによって削減できる人件費や創出される付加価値を精緻に計算する必要があります。日本企業特有の「失敗を避ける文化」は、時としてイノベーションの足かせになりますが、現局面においては「確実なユースケースを見極める」という慎重さが、逆に強みとなる可能性があります。
日本企業のAI活用への示唆
ハイプ・サイクルの落ち着きは、AI活用が一時的なブームではなく、長期的な経営課題として定着するための健全なプロセスです。日本の実務家は以下の3点を意識して推進すべきでしょう。
1. 「AI導入」を目的にせず、課題解決の手段として再定義する
「他社がやっているから」という動機での投資は、今後は説明責任を果たせなくなります。人手不足解消、熟練技能の継承、顧客対応の品質均一化など、日本の産業構造上の課題に対し、AIが具体的にどの数値を改善するのかを言語化する必要があります。
2. ガバナンスと品質管理を競争力にする
投資家が選別を始めた理由の一つに、著作権侵害やデータ漏洩などのリスク懸念があります。日本企業はコンプライアンス意識が高いため、セキュアな環境でのAI活用(ローカルLLMの活用やRAG構築時の権限管理など)を徹底することで、信頼性を担保したサービス開発が可能になります。
3. 「汎用」から「特化」へのシフト
何でも答えられる巨大なモデルへの依存から、特定の業務知識に特化した小規模モデル(SLM)や、ファインチューニング(追加学習)への関心が移っています。現場の暗黙知をデータ化し、自社専用の「賢いAI」を育てることが、グローバルな巨大テック企業との差別化につながります。
