生成AIの活用トレンドは、単なるテキスト生成や対話から、複雑なタスクを自律的に遂行する「Agentic AI(エージェンティックAI)」へと急速にシフトしています。今回は旅行業界における議論をヒントに、日本企業が自律型AIを実務に組み込む際、最大の障壁となる「データ品質」の問題と、その解決に向けた現実的なアプローチを解説します。
「対話」から「行動」へ:Agentic AIとは何か
昨今の生成AIブームは、ChatGPTに代表される「チャットボット(対話型AI)」から始まりました。しかし、現在、世界の技術トレンドはそこから一歩進み、「Agentic AI(自律型AIエージェント)」へと焦点を移しています。
Agentic AIとは、人間が詳細な指示を逐一与えなくとも、AI自身が目標を達成するために必要な手順を考え、外部ツール(検索エンジン、予約システム、社内データベースなど)を操作してタスクを完結させるシステムを指します。例えば、「来週の大阪出張の手配をして」という指示だけで、フライトの空席確認、ホテルの予約、スケジューラーへの登録までを自律的に行うようなイメージです。
労働人口の減少が深刻な日本において、この「自律的に業務を代行するAI」への期待は非常に高まっていますが、その実現には技術的なモデルの性能以上に、重要な前提条件が存在します。
最大のボトルネックは「データの質」
PhocusWireの記事でも指摘されている通り、Agentic AIが機能するか否かは、実はAIモデルの賢さよりも「データの品質」に依存します。AIエージェントが的確に行動するためには、社内に散在する非構造化データ(メール、ドキュメント、ログなど)を、AIが理解・処理可能な構造化データへと変換する必要があります。
元データが高品質であれば、現在のLLM(大規模言語モデル)は容易に非構造化データを構造化し、システム連携させることができます。しかし、元となるデータが曖昧であったり、欠損が多かったり、あるいは社内のレガシーシステム奥深くに塩漬けになっていたりする場合、AIエージェントは正しく「状況認識」ができず、誤った行動(誤発注や誤った顧客対応)を引き起こすリスクが高まります。
特に日本企業においては、紙帳票のPDF化データや、担当者ごとにフォーマットが異なるExcelファイル、暗黙知が含まれた日報などが多く存在します。これらを「AIが読める状態」に整備するデータエンジニアリングの工程こそが、Agentic AIプロジェクトの工数の大半を占めるのが実情です。
日本流「おもてなし」とAIの限界
旅行・サービス業界を例にとると、顧客の要望は極めて多岐にわたります。「眺めの良い部屋」という曖昧なリクエストに対し、人間のコンシェルジュなら文脈を読んで対応できますが、AIエージェントにとっては「眺めの良さ」を定義するデータが必要です。
顧客体験(UX)を損なわないためには、AIが処理できる領域と、人間が介入すべき領域(Human-in-the-Loop)を明確に分ける設計が不可欠です。完全に自律させるのではなく、最終的な決定や承認プロセスに人間を介在させることで、ハルシネーション(もっともらしい嘘)によるトラブルや、コンプライアンス違反のリスクを低減できます。
日本の商習慣では、システムのエラーに対する許容度が諸外国に比べて低い傾向にあります。そのため、いきなり全自動化を目指すのではなく、まずは社内ヘルプデスクやデータ入力支援といった「失敗してもリカバリーが容易な領域」からAgentic AIを適用し、データの精度とAIの挙動を確認しながら範囲を広げていくアプローチが推奨されます。
日本企業のAI活用への示唆
以上の動向を踏まえ、日本企業がAgentic AIの導入を検討する際に意識すべきポイントを整理します。
- 足元のデータ整備(Data Readiness)の再評価:
高価なAIツールを導入する前に、自社のデータがAPI経由で取得可能か、フォーマットは統一されているかを確認してください。「汚いデータ」のままAIを導入しても、期待する自律動作は望めません。 - ガバナンスとガードレールの設定:
AIエージェントが勝手に社外へメールを送ったり、決裁権限を超える発注を行ったりしないよう、システム的な権限管理と行動範囲の制限(ガードレール)を設けることが、AIガバナンスの基本となります。 - 「部分的な自律」からのスモールスタート:
すべての業務を一気に任せるのではなく、特定のワークフロー(例:経費精算の一次チェック、予約変更の仮受付など)に限定してエージェントを稼働させ、日本企業特有の細やかな品質基準を満たせるか検証を重ねることが、成功への近道です。
