生成AIの活用フェーズは、単なるテキスト生成から、自律的にタスクを遂行する「エージェンティックAI(Agentic AI)」へと移行しつつあります。しかし、実用的なエージェントを構築するには、LLMの性能だけでなく、アプリケーション連携の標準化や堅牢なインフラが不可欠です。本稿では、開発者が直面する実装の課題と、その解決策として注目される接続プロトコル(MCP)の可能性について、日本企業の現場視点で解説します。
「対話」から「行動」へ:Agentic AIが求められる背景
これまでの企業における生成AI活用は、議事録の要約やメール文面の作成といった「情報の整理・生成」が主役でした。しかし、現在グローバルで急速に関心が高まっているのが「Agentic AI(自律型AIエージェント)」です。これは、ユーザーの指示に基づき、AIが自ら計画を立て、社内システムや外部ツールを操作し、具体的なタスクを完遂するシステムを指します。
例えば、「来週のプロジェクト定例会の準備をして」という指示に対し、これまでのAIはアジェンダの案を出すだけでした。対してAgentic AIは、カレンダーの空き状況を確認して会議室を予約し、関係者に招待を送り、必要な資料をドライブから検索して添付するといった一連の「行動」までを担います。
開発者を悩ませる「連携の壁」とインフラの階層
Ciscoのブログ記事「Building Blocks for Agentic AI」では、こうしたAIエージェントを構築するための「開発者のニーズの階層(Hierarchy of Developer Needs)」について言及されています。マズローの欲求階層説のように、高度なAI機能を実現するためには、その土台となるインフラや接続性が満たされていなければならないという考え方です。
特に日本の開発現場でボトルネックになりやすいのが、LLMと社内アプリケーションをつなぐ「カスタム統合(Custom Integrations)」の複雑さです。CRM(顧客管理システム)、ERP(基幹システム)、チャットツールなど、企業内には多種多様なシステムが存在します。これら一つひとつに対して、個別にAPI連携を開発し、認証周りを整備するのは膨大な工数を要します。これが、多くの日本企業でPoC(概念実証)が「チャットボット止まり」になってしまう技術的な主因の一つです。
標準プロトコル「MCP」がもたらすブレイクスルー
この連携コストの問題を解消する鍵として、記事内でも触れられている「MCP(Model Context Protocol)」という規格が注目を集めています。MCPは、Anthropic社などが推進するオープンな標準規格で、LLMとデータソース(ツールやアプリ)を接続するための共通インターフェースを定義するものです。
従来、開発者は「LLM Aと社内DB」「LLM BとSlack」のように個別対応が必要でした(n対mの接続問題)。しかし、MCPが普及すれば、データソース側がMCPに対応するだけで、あらゆるLLMアプリケーションから統一的な方法でデータにアクセスしたり、操作したりすることが可能になります。
日本企業においては、レガシーシステムと最新のAIモデルをどうつなぐかが長年の課題ですが、こうした標準プロトコルの採用は、システム間の「スパゲッティコード」化を防ぎ、保守性の高いAI実装を可能にする重要な一手となります。
セキュリティとガバナンス:AIに「実行権限」を渡せるか
インフラや接続規格が整ったとしても、日本企業にとって最大のハードルとなるのが「ガバナンス」です。AIが自律的に外部へメールを送信したり、データベースを書き換えたりすることを許容できるでしょうか。
Agentic AIの実装においては、ネットワークレベルでの遅延低減や安定性はもちろん、AIの行動に対する厳格なアクセス制御と監査ログの取得が必須となります。「誰が(どのAIエージェントが)」「いつ」「どのデータにアクセスし」「何を実行したか」を追跡できる可観測性(Observability)の確保は、技術的な要件であると同時に、経営層への説明責任を果たすための必須条件です。
日本企業のAI活用への示唆
グローバルの潮流と技術標準化の動きを踏まえ、日本の意思決定者やエンジニアは以下の3点を意識してAI戦略を進めるべきです。
1. 「つなぐ」コストの削減を戦略に組み込む
個別のスクラッチ開発による連携は、将来的に技術的負債となります。MCPのような標準プロトコルの採用や、それに対応したプラットフォーム選定を優先し、システム連携のコストを最小化してください。これにより、エンジニアは「接続」ではなく「ビジネスロジック」や「UX」にリソースを集中できます。
2. インフラ視点でのAIガバナンス再構築
AIの活用をアプリケーション層だけで捉えず、ネットワークやセキュリティインフラを含めた全体設計として捉える必要があります。特に、AIエージェントが社内システムを横断してアクセスする場合、ゼロトラストアーキテクチャに基づいた権限管理が、AIのリスクコントロールとして機能します。
3. スモールスタートでの「代理実行」検証
いきなり全自動化を目指すのではなく、まずは「人間が承認ボタンを押さないと実行されない」半自律型のワークフローから導入することをお勧めします。これにより、日本の商習慣で重視される「確認プロセス」を維持しつつ、実務効率化のメリットを享受し、徐々にAIへの信頼(トラスト)を醸成することが可能です。
