ローコードプラットフォーム「Creatio」の最新アップデート(8.3.2)が、AIの実務実装における重要な課題に光を当てています。LLMが特定の機能(AIスキル)を選択した「理由」を可視化するこの機能は、ブラックボックスになりがちなAIの挙動を理解し、統制するための第一歩です。本記事では、この事例を起点に、日本企業が直面する「AIのブラックボックス問題」への対処法とガバナンスのあり方を解説します。
AI活用は「チャット」から「エージェント」へ
生成AIの活用フェーズは、単に人間がチャットボットと対話する段階から、AIが自律的にツールや社内システムを操作して業務を遂行する「エージェント型」へと移行しつつあります。これに伴い、CRM(顧客関係管理)やBPM(ビジネスプロセス管理)といった業務アプリケーションへのLLM(大規模言語モデル)の組み込みが急速に進んでいます。
しかし、ここで最大の障壁となるのが「AIの意思決定プロセスの不透明性」です。なぜAIはそのデータを参照したのか、なぜそのメールを下書きしたのか、あるいはなぜその承認プロセスをスキップしようとしたのか。この「なぜ」が見えない限り、日本企業が重視する品質管理やコンプライアンスの基準を満たすことは困難です。
「なぜそのスキルを選んだのか」を可視化する重要性
今回のCreatioのアップデート(バージョン8.3.2)で注目すべき点は、デバッグモードにおいて「LLMが特定のAIスキル(機能)を選択した背後にある論理と理由」をキャプチャし、開発者に提示する機能が強化されたことです。
通常、Agentic AI(自律的AI)は、ユーザーの曖昧な指示(例:「先週の急ぎの案件をリストアップして」)を受け取ると、利用可能なツール群(データベース検索、メール機能、カレンダーなど)の中から最適なものをLLM自身の判断で選択します。これを「Function Calling」や「ツール利用」と呼びますが、従来この選択プロセスはブラックボックスになりがちでした。
このプロセスが可視化されることで、エンジニアや業務担当者は以下のような検証が可能になります。
- AIがユーザーの意図を正しく解釈しているか
- 不適切なツールが誤って選択されていないか(セキュリティリスクの低減)
- プロンプトエンジニアリングによって挙動を修正するための具体的な手掛かり
日本企業における「説明可能性」のニーズ
日本の商習慣において、結果に対する「説明責任(アカウンタビリティ)」は極めて重要です。特に金融、製造、ヘルスケアなどの規制産業や、厳格な業務フローが存在する大企業においては、「AIがやったことなので詳細は不明です」という弁明は通用しません。
例えば、AIが顧客に対して不適切な提案を行った場合、それが「データの誤り」なのか、「プロンプトの不備」なのか、あるいは「LLMの推論ミス(ハルシネーション)」なのかを切り分ける必要があります。今回のようなデバッグ機能やトレーサビリティ(追跡可能性)を担保する機能は、PoC(概念実証)から本番運用へ移行するための必須要件と言えるでしょう。
実務上の課題とリスク
一方で、こうした可視化機能があれば万全かというと、そう単純ではありません。LLMは確率的な挙動をするため、同じ状況でも異なる判断をする可能性があります。「なぜその判断をしたか」がログに残っていたとしても、その判断ロジックが常に人間にとって合理的であるとは限りません。
また、すべての推論プロセスを人間が監視・デバッグすることはコスト的に不可能です。そのため、AIに任せる領域(低リスク業務)と、人間が必ず介在する領域(高リスク業務)を明確に区分けする「Human-in-the-Loop(人間参加型)」の設計が、依然として重要になります。
日本企業のAI活用への示唆
今回の事例および世界的なAI開発の動向を踏まえ、日本企業のリーダーや実務者は以下の点を意識してAI導入を進めるべきです。
1. ツール選定基準に「可観測性(Observability)」を含める
AIソリューションやSaaSを選定する際、単に機能が豊富かだけでなく、「AIの挙動をどこまで追跡・検証できるか」を評価基準に加えてください。特に業務システムと連携させる場合は、AIの行動ログや推論プロセスが確認できるデバッグ機能の有無が、後の運用負荷を大きく左右します。
2. 「結果」だけでなく「プロセス」のモニタリング体制を構築する
AIの導入当初は、出力結果の正誤だけでなく、「どのような論理でその結果に至ったか」をサンプリング検査する体制が必要です。これにより、AIが潜在的に抱えているバイアスや、将来的なミスの予兆を早期に発見できます。
3. 現場への教育と意識改革
現場のユーザーに対し、「AIは常に正しい手順を踏むとは限らない」という前提を共有し、違和感を覚えた際にすぐに報告・確認できるエスカレーションフローを整備してください。技術的な「可視化」と、組織的な「運用ルール」の両輪でガバナンスを効かせることが、安全かつ効果的なAI活用への近道です。
