2025年に向けた世界のAIトレンドは、人間を支援する「コパイロット」から、自律的にタスクを遂行する「エージェント」へと急速にシフトしています。Salesforceがニューヨークで開催した「Agentforce World Tour」のキーノートをもとに、CRM(顧客関係管理)領域における自律型AIの実務的なインパクトと、日本企業が直面する導入の課題について解説します。
コパイロットから「エージェント」へのパラダイムシフト
これまでの生成AIブームの中心は、ChatGPTに代表されるような「チャットボット」や、人間が指示を出して下書きや要約を作成させる「コパイロット(副操縦士)」でした。しかし、Salesforceが発表した「Agentforce」のコンセプトは、AIの役割をもう一段階引き上げるものです。
「エージェント」と呼ばれる新しいAIの形態は、単に質問に答えるだけでなく、人間に代わって自律的に業務プロセスを完結させる能力を持ちます。例えば、カスタマーサポートにおいて、顧客からの問い合わせ内容を理解し、CRM内のデータを検索し、適切な回答をするだけでなく、返品処理やスケジュールの変更といった「アクション」までをシステム上で実行します。これは、AIが「読む・書く」段階から「行動する」段階へと進化したことを意味しており、2025年の企業AI活用における主要なテーマとなるでしょう。
データ統合とローコード開発の重要性
AIエージェントが実務で機能するために最も重要なのは、LLM(大規模言語モデル)の性能そのものよりも、「コンテキスト(文脈)」と「ツール(道具)」へのアクセスです。Salesforceのアプローチは、顧客データ基盤(Data Cloud)とAIを密結合させることで、ハルシネーション(もっともらしい嘘)のリスクを低減しようとしています。
また、注目すべきはエンジニアでなくてもエージェントを構築できるローコード環境の提供です。日本企業、特にIT人材が不足しがちな事業会社において、現場の業務フローを知り尽くした担当者が、自然言語での指示によってエージェントの挙動を設計できる点は大きなメリットとなります。しかし、これは裏を返せば、現場主導でAIが勝手に構築され、管理不能になる「野良AI」のリスクも孕んでいるため、IT部門によるガバナンスがより重要になります。
日本市場における「おもてなし」と「効率化」のバランス
AIエージェントによる自動化は、コールセンターや営業支援の現場で劇的な効率化をもたらす可能性がありますが、日本市場特有の商習慣においては注意が必要です。日本の顧客は、定型的な対応よりも、文脈を汲み取ったきめ細やかな「おもてなし」を期待する傾向が強く、AIが機械的な判断で処理を完了させてしまうことが、かえって顧客満足度を下げるリスクがあります。
したがって、すべてをAIエージェントに任せるのではなく、複雑な感情への配慮が必要な場面ではシームレスに人間にエスカレーションする「Human-in-the-Loop(人間が関与する仕組み)」の設計が不可欠です。AIは定型業務や事前調査を担い、人間は最終的な意思決定や感情労働に集中するという役割分担を、システムだけでなく組織文化として定着させる必要があります。
日本企業のAI活用への示唆
Salesforceの動向は、単なる一ベンダーの機能追加にとどまらず、エンタープライズAI全体の方向性を示唆しています。日本企業は以下の3点を意識して準備を進めるべきです。
1. 「人手不足」対策としてのデジタルワークフォース
少子高齢化が進む日本において、AIエージェントは単なるツールではなく「デジタルな労働力」として位置づけられます。採用難が続く職種において、AIエージェントに定型業務を代替させることは、経営課題への直接的な解となり得ます。
2. データのサイロ化解消と整備
AIエージェントが正しく自律行動するためには、参照するデータが正確で最新でなければなりません。部署ごとに分断されたデータや、紙・PDFで管理されている情報は、AI活用の最大の障壁です。AI導入以前に、データ基盤の整備(Data Readiness)が急務です。
3. ガバナンスと責任分界点の明確化
AIが自律的にメールを送信したりデータを書き換えたりする場合、誤作動が起きた際の責任は誰が負うのかを明確にする必要があります。技術的なガードレール(AIがやってはいけないことの制限)の設定と、法務・コンプライアンス部門を巻き込んだ社内ルールの策定をセットで進めることが推奨されます。
