生成AIや機械学習がルーチン業務を代替し始めた今、人間の役割は消滅するのではなく「進化」しています。マッキンゼーのKaty George氏が提唱するように、リーダーには単なる工数削減を超えた「ジョブ・リデザイン(職務の再設計)」が求められています。本稿では、日本特有の雇用慣行や組織文化を踏まえ、AIと協働するための組織変革のあり方を解説します。
「タスクの代替」と「職務の消失」はイコールではない
AI導入に関する議論において、「AIが仕事を奪う」という極端な懸念と、「AIは単なるツールに過ぎない」という楽観論が交錯しています。しかし、Katy George氏が指摘するように、実務における現実はその中間にあります。AIは確かにルーチンワークや定型的な実行業務(Execution)を高速にこなしますが、それは「職務(Job)」そのものの消失を意味しません。むしろ、職務の内容が質的に変化し、進化することを意味します。
例えば、マーケティング部門において、コピーライティングや市場調査の一次分析を生成AIが行うようになったとします。これにより、担当者の仕事から「下書きを作成する時間」は大幅に削減されますが、マーケティング担当という役割自体はなくなりません。代わりに、AIが生成した複数の案から最適なものを選択する「判断」、ブランドの倫理観やトーン&マナーに合致しているかを確認する「監修」、そしてAIには見えていない非言語的な文脈を付加する「戦略立案」へと、役割の比重がシフトします。
日本企業が直面する「職務定義」の壁
この「職務の進化」を日本企業で実践する際、壁となるのが日本特有の「メンバーシップ型雇用」と「曖昧な職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)」です。欧米企業では個々の職務範囲が明確に定義されていることが多く、AIに任せるタスクと人間が担うタスクの切り分けが比較的スムーズに進みます。
一方、日本企業では「ボールを拾った人がやる」「阿吽の呼吸」といったハイコンテクストな文化が根強く、業務の境界線が曖昧なケースが少なくありません。この状態で安易にAIツールを導入しても、「誰がAIの出力を責任を持って確認するのか」「浮いた時間で何の付加価値を生むのか」が定義されず、単に「楽になった」あるいは「確認作業という新たな業務が増えて混乱した」という結果に終わりがちです。
AIを組織に組み込むためには、まず業務プロセスを構成する「タスク」を棚卸しし、言語化・標準化する必要があります。これは、DX(デジタルトランスフォーメーション)の本質である「プロセスのデジタル化」そのものであり、AI活用以前の経営課題と言えます。
「Doer(実行者)」から「Reviewer(評価者)/Orchestrator(指揮者)」へ
AIが実務に入り込むにつれ、現場のエンジニアやプロダクト担当者に求められるスキルセットも変化します。これまでは、コードを書く、文章を書く、データを集計するといった「実行能力(Doerとしてのスキル)」が重視されてきました。しかし、今後はAIという強力なエンジンを使いこなし、その出力結果の品質、安全性、倫理的な妥当性を評価する「目利き力(Reviewerとしてのスキル)」や、複数のAIエージェントやツールを組み合わせて目的を達成する「指揮能力(Orchestratorとしてのスキル)」が重要になります。
特にAIガバナンスの観点からは、AIが出力した情報の「もっともらしさ(ハルシネーション)」を見抜くための、基礎的なドメイン知識(専門知識)の重要性がむしろ増しています。「AIがやるから勉強しなくていい」のではなく、「AIのミスに気づくために、より深い原理原則の理解が必要になる」というパラドックスが生じているのです。
日本企業のAI活用への示唆
以上のグローバルな動向と日本の現状を踏まえ、意思決定者やリーダーは以下の3点を意識してAI活用を進めるべきです。
1. 業務プロセスの可視化と再定義を先行させる
AIツールを導入する前に、対象となる業務フローを可視化し、「どこをAIに任せ、人間はどこで判断を下すか」を設計してください。曖昧な業務分掌のままAIを導入することは、責任の所在を不明確にし、コンプライアンスリスク(著作権侵害や誤情報の拡散など)を高める原因となります。
2. OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)のあり方を見直す
かつて若手社員が担っていた「議事録作成」や「コードの単体テスト作成」などの下積み業務は、AIが最も得意とする領域です。これらが自動化されることで、若手が経験を通じて学ぶ機会が失われるリスクがあります。AI時代を見据え、若手が早期から「判断」や「評価」の経験を積めるような、新たな育成プログラムの設計が不可欠です。
3. 評価制度を「成果物量」から「意思決定の質」へシフトする
AIを使えば、短時間で大量のドキュメントやコードを生成できます。したがって、従来の「作成した資料の枚数」や「書いたコードの行数」といった量的な評価指標は意味をなさなくなります。「AIを活用していかに高度な意思決定を行ったか」「最終的なビジネスインパクトにどう貢献したか」という、質的な評価軸への転換が求められます。
