2024年、音楽生成AIの有力スタートアップであるSunoとUdioが、大手レコード会社から著作権侵害で提訴されました。この事例は単なるエンターテインメント業界の揉め事ではなく、生成AIをビジネスに導入しようとする全企業にとって、「学習データの透明性」と「サプライチェーンリスク」を再考させる重要な転換点となります。
クリエイティブAIと著作権:対立から共存への模索
2024年に入り、テキストから高品質な楽曲を生成するAIサービス「Suno」および「Udio」に対し、米国の主要なレコード会社(ユニバーサルミュージック、ソニー・ミュージック、ワーナー等)が著作権侵害で訴訟を起こしました。争点は、これらのAIモデルがプロのミュージシャンの楽曲を許可なく学習データとして使用したか否かという点にあります。
この訴訟は、生成AI業界全体が抱える「学習データの権利処理」という根本的な問題を浮き彫りにしました。スタートアップ側は、インターネット上の公開データによる学習は「フェアユース(公正な利用)」であると主張する一方、権利者側はそれを「盗用」と定義し、ライセンス料の支払いを求めています。この対立構造は、画像生成AIやLLM(大規模言語モデル)の分野でも同様に見られるものであり、今後AIが産業に定着していく過程で必ず通過しなければならない関門と言えます。
「学習天国」日本の法的特異性とグローバルビジネスのギャップ
日本企業がこのニュースを読み解く際、日本の著作権法第30条の4の存在を無視することはできません。日本の現行法では、AI開発のための情報解析(学習)目的であれば、営利・非営利を問わず、原則として著作権者の許諾なしに著作物を利用することが可能です。このため、日本は「機械学習パラダイス」とも呼ばれ、AI開発において世界的に見ても有利な環境にあります。
しかし、実務的な観点からは注意が必要です。たとえ日本国内でのモデル開発・学習が適法であっても、そのモデルを使ったサービスをグローバルに展開する場合、米国や欧州のより厳しい著作権法の適用を受けるリスクがあります。また、学習段階では適法でも、生成されたアウトプットが既存の著作物に酷似していれば、通常の著作権侵害(依拠性と類似性)として問われる可能性があります。
日本企業であっても、グローバルなサプライチェーンやプラットフォームに依存している以上、「日本の法律では大丈夫だから」という理屈だけでリスク管理を済ませることは危険です。
生成AI導入における「クリーンなデータ」の価値
今回の音楽業界の事例は、AIモデルの選定基準において「性能」だけでなく「透明性」と「コンプライアンス」が重要になることを示しています。例えば、Adobeの「Firefly」のように、権利関係がクリアな画像のみを学習データに使用し、商用利用時の法的補償(Indemnification)を提供することで企業ユーザーの支持を集めるモデルも登場しています。
企業が業務効率化やプロダクト開発に生成AIを組み込む際、「そのAIはどのようなデータで学習されたのか」「訴訟リスクをベンダーがどう担保しているか」を確認することは、もはや法務部門だけの仕事ではなく、プロダクトマネージャーやエンジニアにとっても必須のデューデリジェンス項目となりつつあります。
日本企業のAI活用への示唆
SunoやUdioの事例を踏まえ、日本企業は以下の3点を意識してAI活用戦略を構築すべきです。
1. 法的整合性とビジネスリスクの分離
日本の著作権法がいかに柔軟であっても、ブランド棄損リスクや提携先(特に外資系企業)のコンプライアンス基準は別問題です。法的に「白」であっても、権利者との係争中のAIツールを主要プロダクトに組み込むことは、将来的なサービス停止リスクを抱えることになります。
2. AIベンダー選定基準の厳格化
導入するAIツールが、学習データの出所を明らかにしているか、または権利侵害時の補償条項を利用規約に含んでいるかを確認してください。特にエンターテインメントや広告クリエイティブ領域では、「権利クリアランス済み」であることが、AIツールの性能以上に重要な差別化要因になります。
3. 生成物の利用ガイドライン策定
従業員が生成AIを使用する際、既存の著作物(有名アーティストの曲風や特定キャラクターなど)を意図的に模倣するようなプロンプト入力を禁止するガイドラインが必要です。日本法においても、出力物が既存作品に類似していれば侵害となるため、現場レベルでの運用リテラシー教育が不可欠です。
