27 2月 2026, 金

「公式アカウント」がAI動画を拡散するリスク──米国の事例から学ぶ、企業のAIガバナンスとブランド毀損の境界線

米国にて、著名なスポーツ選手の映像がAIによって加工され、公的な文脈で拡散されたことに対し、本人が不快感を表明するという事案が発生しました。生成AIによる動画制作が容易になる中、企業広報やマーケティングにおいて「どこまでが許容されるのか」の線引きは急務となっています。本記事では、この事例を端緒に、日本企業が直面するAIコンテンツの倫理的リスクと、実務的なガバナンス体制の構築について解説します。

生成AIによる「加工動画」が招く摩擦

近年、テキストや画像だけでなく、動画生成AIの技術が飛躍的に進化しています。これに伴い、既存の映像素材をAIで加工・編集(AI-doctored)したコンテンツが、SNSを中心に爆発的に増加しています。今回の米国の事例では、NHL(ナショナルホッケーリーグ)のブレイディ・カチャック選手が、自身が登場するAI加工動画に対して否定的な反応を示しました。公的な性質を持つアカウントや政治的な文脈で、本人の同意なく映像が改変・利用されたことが問題の核心です。

この件は、単なる「著名人のゴシップ」ではなく、企業がAIを活用する上で極めて重要な教訓を含んでいます。それは、「技術的に可能であること」と「倫理的・社会的に許容されること」の間に大きな乖離が生まれているという点です。特に、ユーモアやミーム(ネット上の流行)として作成された動画であっても、企業や公的機関の「公式アカウント」がそれを取り扱った場合、文脈は一変し、ブランドへの信頼を揺るがすリスクとなります。

日本企業が直面する「肖像権」と「ブランドリスク」

日本国内においても、生成AIを用いた広告クリエイティブやSNSマーケティングへの関心は高まっています。しかし、そこには法的およびレピュテーション(評判)のリスクが潜んでいます。

まず法的な側面では、日本の法律において「肖像権」や「パブリシティ権」の侵害が懸念されます。特定の個人の容姿や行動をAIで改変し、それを商用利用や広報活動に使うことは、本人の許諾がない限り極めてリスクが高い行為です。米国ではパロディとして許容される範囲が広い場合もありますが、日本の商習慣や国民性は「真正性(本物であること)」を重んじる傾向があり、企業の悪ふざけや無断加工に対して厳しい目が向けられがちです。

また、生成AI特有の「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」のリスクも動画には適用されます。実在の人物が言っていないことを言わせる、やっていない行動をさせることは、たとえ悪意がなかったとしても、情報の信頼性を損なう行為とみなされます。これは「炎上」に直結するだけでなく、企業のコンプライアンス体制そのものを問われる事態になりかねません。

実務的な対策:AIガバナンスをクリエイティブの現場へ

では、企業はどのように対応すべきでしょうか。AIの利用を全面的に禁止することは、競争力を削ぐことになり現実的ではありません。重要なのは、「生成AI利用ガイドライン」を現場レベルまで浸透させることです。

具体的には、以下のプロセスを業務フローに組み込むことが推奨されます。

  • 素材の権利確認:AIに入力する元データ(映像・画像)の権利関係がクリアか、また加工に関する許諾が得られているかの確認を徹底する。
  • 生成物の明示:AIによって生成・加工されたコンテンツである場合、視聴者が誤認しないよう、ウォーターマーク(透かし)やテキストによる明示を行う。
  • Human-in-the-loop(人間による介在):AIが生成したコンテンツをそのまま公開せず、必ず人間が倫理的・法的なチェックを行う承認フローを設ける。

特に、SNS運用担当者が個人の感覚でAIツールを使い、企業の公式見解として発信してしまうケースは、ガバナンスの盲点になりがちです。マーケティング部門と法務・リスク管理部門が連携し、迅速かつ安全にAIを活用できる体制を作ることが求められます。

日本企業のAI活用への示唆

今回の事例は、AI技術の進化に対し、社会の受容やルール作りが追いついていない現状を浮き彫りにしました。日本企業がここから学ぶべき実務的な示唆は以下の通りです。

  • 「面白さ」より「信頼」を優先する文化の醸成:
    SNSでのバズ(話題化)を狙うあまり、AIによる過度な加工や無断利用を行わないよう、社内の倫理規定を再確認する必要があります。特に著名人や他社IP(知的財産)を含むコンテンツの生成には細心の注意が必要です。
  • AI生成コンテンツの透明性確保:
    Originator Profile(OP)技術や電子透かしなど、コンテンツの真正性を証明する技術への関心を持ち、可能な範囲で「これはAIで作成されました」と正直に伝える姿勢が、逆に消費者の信頼獲得につながります。
  • 危機管理広報のアップデート:
    万が一、AI生成物が意図せず誰かの権利を侵害したり、誤解を招いたりした場合の対応フローを事前に策定しておくことが重要です。「AIが勝手にやった」という言い訳は通用しません。

AIは強力な武器ですが、その使い手である企業のモラルがこれまで以上に問われる時代になっています。技術のトレンドを追うだけでなく、それを制御するガバナンス体制の構築こそが、持続可能なAI活用の鍵となります。

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