27 2月 2026, 金

「ソフトウェア企業の終焉」は誤りか――NVIDIA ジェンスン・ファン氏の視点と「エージェンティックAI」がもたらす日本企業の転換点

NVIDIAのCEO、ジェンスン・ファン氏は、市場で囁かれる「AIがソフトウェア企業を淘汰する」という懸念に対し、「市場は間違っている」と反論しました。生成AIと大規模言語モデル(LLM)の進化は、ソフトウェア産業を破壊するのではなく、新たな段階へと押し上げる原動力になると彼は主張しています。本稿では、ファン氏が言及した「エージェンティックAI(Agentic AI)」の台頭が、日本のIT産業やDX(デジタルトランスフォーメーション)にどのような意味を持つのか、実務的な視点から解説します。

「AIによるソフトウェア不要論」への反証

生成AIのコーディング能力が飛躍的に向上したことで、投資家や市場の一部では「AIがコードを書くようになれば、既存のSaaS(Software as a Service)企業や受託開発企業の価値は失われるのではないか」という悲観論が広がりました。しかし、NVIDIAのジェンスン・ファン氏はCNBCのインタビューにおいて、この見方を明確に否定しています。

彼の主張の核心は、AIはソフトウェアを代替するのではなく、「ソフトウェアが提供できる価値の天井を引き上げる」という点にあります。これまでのソフトウェアは、人間が操作するための「ツール」でした。しかし、これからのソフトウェアは、AIが背後で推論し、タスクを実行する「エージェント(代理人)」としての機能を内包することになります。つまり、ソフトウェア企業は単なるツールベンダーから、デジタルワークフォース(デジタル労働力)を提供するプロバイダーへと進化するのです。

「エージェンティックAI」が変える業務のあり方

ファン氏が言及した「エージェンティックAI(Agentic AI)」とは、ユーザーからの指示を待って受動的に回答するチャットボットではなく、目標を与えられれば自律的に計画を立て、ツールを使いこなし、タスクを完遂するAIシステムを指します。

例えば、従来のCRM(顧客関係管理)ソフトであれば、営業担当者が商談記録を入力し、分析機能を使う必要がありました。しかし、エージェンティックAIを搭載したCRMであれば、AIがメールのやり取りから自動で顧客情報を更新し、次のアクションプランを提案し、場合によってはアポイントメントの調整メールまで下書きします。

日本企業において、この変化は極めて重要です。少子高齢化による深刻な労働力不足に直面している日本社会では、単なる「業務効率化(時短)」以上の、「労働力の代替・補完」が求められています。エージェンティックAIは、ソフトウェアの中に「熟練したスタッフ」を配置するようなものであり、日本の社会課題に対する直接的な解決策になり得ます。

日本のSIer・開発現場への影響と機会

日本のIT業界特有の構造である「SIer(システムインテグレーター)への依存」と「受託開発」の文脈でも、この変化は示唆に富んでいます。

従来の「仕様書通りに画面とデータベースを作る」だけの開発価値は、確かに低下していくでしょう。しかし、それは開発需要の消滅を意味しません。今後は、企業ごとの独自の業務プロセスや暗黙知を、いかに「AIエージェントが実行可能なワークフロー」として設計し、実装できるかが競争の源泉となります。

エンジニアやプロダクトマネージャーは、コードを書くこと自体よりも、AIにどのような権限を与え、どのように他のシステム(API)と連携させ、人間がどこで承認(Human-in-the-loop)を行うかという「オーケストレーション」の設計に注力する必要があります。これは、日本の現場が長年培ってきた「業務プロセスの擦り合わせ」の能力が、形を変えて活きる領域とも言えます。

ガバナンスとリスク管理の重要性

一方で、自律的に動くAIを業務に組み込むことは、新たなリスクも生み出します。AIが誤った判断で勝手に発注を行ったり、不適切なメールを顧客に送信したりするリスク(ハルシネーションや暴走)です。

コンプライアンス意識の高い日本企業において、エージェンティックAIの導入障壁となるのは技術力よりも「安心・安全」の担保でしょう。したがって、これからのAI活用においては、AIの出力精度を高める技術(RAGやファインチューニング)に加え、AIの行動を監視・制御する「ガードレール」の構築や、AIガバナンスの策定が不可欠となります。ベンダー任せにするのではなく、社内にAIのリスクを評価できる体制を整えることが、経営層やリーダーの責務となります。

日本企業のAI活用への示唆

ジェンスン・ファン氏の発言とエージェンティックAIの潮流を踏まえ、日本の意思決定者や実務者が意識すべきポイントは以下の通りです。

  • 「ツール導入」から「デジタル人材の採用」への意識転換
    AIツールを導入する際は、「どの作業が楽になるか」だけでなく、「どの業務プロセスをAIエージェントに自律的に任せられるか」という視点で評価・設計を行うべきです。
  • 既存資産(データ・ドキュメント)の整備
    エージェンティックAIが正しく機能するためには、社内の業務マニュアルや過去のデータが整理されている必要があります。日本企業に多く眠る非構造化データ(日報、議事録、手順書)のデジタル化と整備は、AI活用に向けた最大の投資となります。
  • 「人とAIの協働」のガバナンス設計
    AIに全てを任せるのではなく、重要な意思決定ポイントには必ず人間が介在するプロセスを設計してください。日本の組織文化に馴染むのは、AIが完全に取って代わる形ではなく、AIが下準備をし、人間が最終判断を下す「協調型」のワークフローです。

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