Googleは法人向け生成AIプラン「Gemini Enterprise」において、専用モバイルアプリの提供とGoogle Chatへの統合を発表しました。これにより、デスクワーク中心だった生成AIの活用範囲が、営業や建設・物流などの「現場」へと本格的に拡大します。本稿では、このアップデートが日本企業のDXやセキュリティガバナンスに与える影響と、実務家が押さえるべきポイントを解説します。
「デスクから現場へ」加速するエンタープライズAI
Googleが法人向けに提供している「Gemini Enterprise」において、モバイルアプリの提供が開始されました。これまで多くの企業における生成AI活用は、PC画面に向かうバックオフィス業務やエンジニアリング業務が中心でした。しかし、スマートフォンやタブレットでセキュアに企業向けAIが利用可能になることで、外回りの営業担当者や、PCを持たない建設・物流・小売などの「現場(フロントライン)」従業員へのAI普及が加速すると予想されます。
また、Google Workspaceのコミュニケーションハブである「Google Chat」において、メンション(@Google)を通じてGeminiを呼び出せる機能も追加されました。これは、AIを「別のツール」として立ち上げるのではなく、日常の業務フローの中にAIを溶け込ませる「Flow of Work」の実現に向けた重要なステップです。
日本企業における活用シナリオ:機動力とセキュリティの両立
日本のビジネス慣習において、このアップデートは以下の2点で大きな意味を持ちます。
第一に、「隙間時間の生産性向上」です。移動の多い日本の営業職にとって、スマートフォンで商談前に顧客情報の要約を確認したり、商談直後に音声入力で報告書の下書きを作成させたりできるメリットは甚大です。これまでコンシューマー向けの無料版AIを個人のスマホで利用する「シャドーAI」のリスクが指摘されてきましたが、Enterprise版のアプリが整備されることで、企業は管理下(MDM:モバイルデバイス管理など)にある端末で、安全にAIを利用させる環境を整えることができます。
第二に、「非デスクワーカーのDX」です。人手不足が深刻な建設現場や介護・物流業界では、PC操作の習熟度がDXの障壁となるケースが少なくありません。モバイルアプリの直感的なインターフェースや音声対話機能を通じ、現場の状況報告やマニュアル確認をAIが支援することで、業務効率化の裾野が広がります。
Google Chat連携がもたらす「文脈」の共有
Google Chatへの統合は、チームコラボレーションの質を変える可能性があります。これまでのAI活用は「1対1」の対話が主でしたが、チャットルーム内でGeminiを呼び出すことで、チームメンバー全員が見ている前でAIに情報の整理やアイデア出しを依頼できます。
例えば、プロジェクトの進捗確認チャットの中で「@Google このスレッドの議論を要約し、未決定事項をリストアップして」と指示することで、人間が議事録をまとめる時間を削減できます。日本の組織文化では「情報の透明性」や「合意形成」が重視されますが、AIをチームの一員として議論に参加させることで、属人化を防ぎつつ迅速な意思決定を支援する効果が期待できます。
導入におけるリスクとガバナンス上の注意点
一方で、モバイル利用の拡大は新たなリスクも伴います。以下の点には十分な注意が必要です。
- 情報漏洩のリスク管理:Gemini Enterpriseは入力データを学習に利用しない契約となっていますが、スマホの画面を第三者に覗き見られるリスク(ショルダーハッキング)や、公共Wi-Fi経由での利用など、物理的・ネットワーク的なセキュリティ教育が改めて必要になります。
- 過度な依存とハルシネーション:モバイル環境では、PCでの利用に比べてAIの回答に対する「裏取り(ファクトチェック)」が疎かになりがちです。特に現場判断でAIの回答を鵜呑みにすると事故につながる可能性があるため、利用ガイドラインの策定が不可欠です。
- 労務管理:「いつでもどこでも仕事ができる」ことは、裏を返せば「勤務時間外の隠れ残業」を誘発する恐れがあります。AI活用のログ管理と合わせ、適切な労務管理を行う必要があります。
日本企業のAI活用への示唆
今回のGoogleの動きは、生成AIが「試行錯誤のフェーズ」から「実務実装のフェーズ」へ移行していることを示しています。日本の意思決定者は以下の視点を持つべきです。
- 「禁止」から「管理された利用」へ:スマホでのAI利用を一律禁止にするのではなく、Enterprise版のようなセキュアな環境を提供することで、シャドーITを防ぎつつ生産性を高める方向へ舵を切るべきです。
- 現場主導のユースケース発掘:PCを持たない現場社員にこそ、AI活用の大きなポテンシャルが眠っています。モバイルアプリの導入を機に、現場からの改善提案を吸い上げる仕組みを作ることが推奨されます。
- 既存ツールとの統合を重視:新しいAIツールを単体で導入するのではなく、Google ChatやSlack、Microsoft Teamsなど、自社が既に利用しているコミュニケーションツールと連携できるAI機能を選択・活用することで、定着率を高めることができます。
