生成AIの進化に伴い、「AIエージェント」という言葉がバズワード化していますが、専門家の間では「AIエージェント(AI Agent)」という名詞と、「エージェンティックAI(Agentic AI)」という形容詞的な概念を明確に区別すべきだという議論がなされています。本記事では、この微妙ながら決定的な違いを解説し、日本企業が単なるチャットボット導入を超えて、真に自律的なワークフローを構築するために必要な視点を提示します。
「モノ」としてのエージェントと、「性質」としてのエージェンティック
AI業界の第一線で活躍するGreg Coquillo氏らが指摘するように、多くの人々は「AIエージェント」と「エージェンティックAI」を同義語として混同して使用しています。しかし、実務的なシステム設計の観点からは、この2つは明確に区別されるべきです。
「AIエージェント」とは、特定のタスクを実行するために構築されたソフトウェア実体(エンティティ)を指します。たとえば、顧客からの問い合わせに回答するボットや、特定の日時に会議室を予約するプログラムなどがこれに該当します。これらは「何を作るか」という実装対象を指す言葉です。
一方で「エージェンティックAI(Agentic AI)」とは、システムが持つ「自律性や主体性の度合い(性質)」を指します。システムが自ら環境を認識し、目標を達成するために計画を立て(プランニング)、ツールを選定し、結果を評価して修正行動をとる――こうした一連の自律的な振る舞いを可能にする能力そのものを意味します。
指示待ちから自律駆動へのシフト
この区別がなぜ重要なのでしょうか。それは、日本企業の多くがいまだに「AIエージェント(単体のツール)」の導入に留まり、「エージェンティック(自律的)なワークフロー」の構築に至っていないからです。
従来のLLM活用(チャットボットなど)は、人間がプロンプトを入力して初めて動く「受動的」なものでした。しかし、エージェンティックなAIシステムは、例えば「在庫が不足している」というイベントを自ら検知し、「発注書を作成すべきか、他店舗から取り寄せるべきか」を推論し、人間に最終承認だけを求める、といったプロアクティブな動きが可能になります。
単に「エージェントを作ろう」と考えるのではなく、「業務プロセスをいかにエージェンティック(自律的)にするか」という視点を持つことで、AI活用の目的は「作業の代行」から「プロセスの委譲」へと進化します。
日本特有の商習慣と「エージェンティックAI」のリスク
日本企業において、高い自律性を持つエージェンティックAIを導入する場合、最大の障壁となるのは技術ではなく「ガバナンス」と「責任分界点」です。
AIが自律的に判断してメールを送信したり、外部APIを叩いて処理を実行したりする場合、ハルシネーション(もっともらしい嘘)や誤作動によるリスクは避けられません。日本の商習慣では、稟議や承認プロセスが厳格であり、AIが勝手に判断して行動することを組織文化として許容しにくい側面があります。
したがって、完全な自動化を目指すのではなく、エージェンティックな振る舞いの中に、適切に「Human-in-the-loop(人間による確認・承認)」を組み込む設計が不可欠です。AIには「起案と準備」までを自律的に行わせ、最終的な「決定と責任」は人間が担うというハイブリッドな運用が、国内の実務においては最も現実的な解となるでしょう。
日本企業のAI活用への示唆
今回の概念整理から得られる、日本企業への実務的な示唆は以下の通りです。
- ツールの導入を目的にしない:「AIエージェントを作る」こと自体をゴールにするのではなく、どの業務プロセスに「エージェンティック(自律的)」な要素を取り入れればボトルネックが解消するかを検討してください。
- オーケストレーションの重要性:単体のエージェント性能よりも、複数のエージェントが連携し、自律的にタスクを完遂するためのワークフロー設計(オーケストレーション)に投資の重点を移すべきです。
- ガバナンスと自律性のバランス:AIの自律性を高めれば高めるほど、予期せぬ挙動のリスクも高まります。日本企業特有の承認文化に合わせ、AIが「自律的に動く範囲」と「人間に判断を仰ぐタイミング」を厳密に定義したガードレールの設計が、プロジェクト成功の鍵を握ります。
