独自のWebブラウザエンジンを開発する「Ladybird」プロジェクトが、開発言語をC++からRustへ移行する方針を打ち出しました。注目すべきは、この大規模な書き換えの決断を後押ししたのが「LLM(大規模言語モデル)によるコーディング支援」であるという点です。本記事では、この事例から見えるソフトウェア開発の変革と、日本企業が抱えるレガシーシステム刷新へのヒントを解説します。
C++からRustへ:安全性と生産性のバランスを変えるAIの力
GoogleのChromeやAppleのSafariといった巨大テック企業のブラウザに対抗し、完全に独自のエンジンを一から開発しているオープンソースプロジェクト「Ladybird」が、主要な開発言語をC++からRustへと移行し始めています。これまでC++は、ブラウザのような高性能が求められるシステム記述において事実上の標準でしたが、メモリ管理の脆弱性という長年の課題を抱えていました。一方、Rustはメモリ安全性を言語レベルで保証する現代的な言語ですが、習得難易度が高く、既存コードの書き換えには膨大なコストがかかることが通説でした。
この「書き換えコスト」の壁を崩したのが、近年の生成AI、特にLLMを活用したコーディングアシスタントの存在です。プロジェクト創設者らが示唆するように、AIによるコード変換やボイラープレート(定型コード)の生成、そして複雑なRustの借用チェッカー(メモリ管理の仕組み)への対応において、LLMが強力な支援ツールとして機能することで、以前では「無謀」と思われた大規模リファクタリングが現実的な選択肢となったのです。
コンパイラとAIの強力なタッグ
生成AIを用いたコーディングには「ハルシネーション(もっともらしい嘘)」のリスクがつきまといます。誤ったコードを生成してしまう問題です。しかし、ここでRustという言語の特性がプラスに働きます。Rustはコンパイラが非常に厳格であり、メモリ安全性やスレッド安全性が守られていないコードはコンパイルすら通りません。
つまり、PythonやJavaScriptのように「動いてしまうが、後でエラーが出る」言語とは異なり、Rustでは「AIが書いたコードがコンパイルを通れば、ある程度の安全性が保証される」というガードレールが機能します。人間は論理的な設計に集中し、AIは構文の整合性を担当し、コンパイラがその正しさを検証する。この「人間+AI+厳格なコンパイラ」というワークフローは、今後の高信頼性ソフトウェア開発のモデルケースになる可能性があります。
日本企業のAI活用への示唆
今回のLadybirdの事例は、単なる海外のオープンソースプロジェクトの話にとどまらず、日本のシステム開発現場にも重要な示唆を与えています。
1. 「塩漬けレガシー」刷新の現実解
多くの日本企業では、長年稼働しているC言語やJava(古いバージョン)、COBOLなどのレガシーシステムが、書き換えコストの高さゆえに「塩漬け」にされています。しかし、LLMを活用することで、モダンな言語(RustやGoなど)への移行コストや期間を大幅に圧縮できる可能性があります。AIは「魔法の杖」ではありませんが、移行の初動を加速させる「ブースター」として活用する検証を始めるべき時期に来ています。
2. エンジニアのスキル転換とリスキリング
AIがコーディングの一部を担うようになると、エンジニアに求められるスキルは「コードを書く力」から「AIが書いたコードをレビューし、アーキテクチャを設計する力」へとシフトします。特にRustのような学習コストが高い言語を採用する場合、AIを「家庭教師」として活用しながら実務を進めることで、組織全体の技術レベル底上げ(リスキリング)を効率的に行える可能性があります。
3. 品質保証プロセスの再定義
AI生成コードをプロダクトに組み込む場合、従来のテスト工程だけでは不十分な場合があります。Rustのコンパイラのような静的解析ツールによる自動チェックをCI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)パイプラインに組み込み、人間がレビューすべき箇所を絞り込むなど、AI時代に即した品質保証(QA)プロセスとガバナンスの構築が求められます。
