生成AIの活用フェーズは、人間の支援を行う「Copilot」から、自律的にタスクを遂行する「AIエージェント」へと移行しつつあります。Stoneridge SoftwareのEric Newell CEOが提唱する「セキュアなAI戦略」をテーマに、AIがシステム操作権限を持つ時代におけるリスク管理と、日本企業特有のデータ環境・組織構造に適したガバナンスのあり方を解説します。
CopilotとAIエージェント:リスクの質的変化
現在、多くの日本企業が導入を進めている「Copilot(副操縦士)」型のAIは、あくまで人間が主体であり、AIは下書きや要約、コード生成といった支援を行う存在です。この段階での主なリスクは、機密情報の入力によるデータ漏洩や、不正確な回答(ハルシネーション)といった「情報の取り扱い」に関するものでした。
しかし、現在注目されている「AIエージェント」は、AI自体がツールを使いこなし、システムにアクセスし、ワークフローを自律的に完結させることを目指しています。ここで発生するのは「行動のリスク」です。もしAIエージェントが不適切な権限で基幹システムにアクセスし、誤ってデータを削除したり、社外へメールを送信したりすれば、その被害はCopilotの比ではありません。Eric Newell氏が指摘する「セキュアなAI戦略」の構築は、まさにこの「参照するAI」から「行動するAI」への移行期における必須課題と言えます。
「権限管理(RBAC)」が最大のボトルネックに
AIエージェントを安全に運用するためには、従来の境界型防御や単純なデータ暗号化だけでは不十分です。最も重要になるのは、徹底したロールベースのアクセス制御(RBAC:Role-Based Access Control)です。
多くの日本企業では、ファイルサーバーや社内ポータルのアクセス権限が、長年の運用により形骸化しているケースが散見されます。「実は全社員が経営会議の議事録フォルダにアクセス可能だった」という状態でも、これまでは人間が検索しなければ露見しませんでした。しかし、強力な検索能力と推論能力を持つAIエージェントを導入すれば、AIは与えられた権限の範囲内で全ての情報を結びつけ、回答やアクションに反映してしまいます。
したがって、AI導入プロジェクトは、単なるツールの導入ではなく、組織全体の「権限の棚卸し」と「ID管理の適正化」から始める必要があります。これは技術的な問題というよりは、情報ガバナンスという経営課題です。
日本企業の商習慣と「Human-in-the-loop」
セキュリティと同時に考慮すべきは、日本の商習慣における「責任の所在」です。欧米企業と比較して、日本企業は合意形成や稟議プロセスを重視します。AIエージェントが自律的に受発注処理や顧客対応を行うことは、業務効率化の観点からは理想的ですが、コンプライアンスや心理的な抵抗感の壁は高いでしょう。
現実的なアプローチとしては、AIエージェントが完全に自律するのではなく、重要な意思決定や外部へのアクションの直前に必ず人間が確認を行う「Human-in-the-loop(人間がループに入る)」の設計を組み込むことです。例えば、AIがメールの下書きを作成し、宛先をセットするところまでを行い、送信ボタンは人間が押す、あるいはAIが分析レポートを作成し、承認者がOKを出して初めてシステムに登録される、といったワークフローです。これにより、AIの速度と人間のガバナンスを両立させることが可能になります。
日本企業のAI活用への示唆
今回のテーマである「セキュアなAI戦略」を踏まえ、日本の実務者が意識すべきポイントは以下の3点です。
- データと権限の整備を先行させる:
AIモデルの選定よりも、社内データの整理(構造化)と、誰が何にアクセスできるかという権限管理の厳格化が先決です。これができていないと、高機能なAIエージェントはかえってセキュリティリスクとなります。 - 段階的な自律性の付与:
いきなりフルオートメーションを目指すのではなく、まずは「参照のみ」のCopilotから始め、次に「社内システムへの限定的な書き込み」、最後に「外部連携」というように、AIに与える権限と範囲を段階的に拡大するロードマップを描いてください。 - 「説明責任」を果たすログ管理:
AIがなぜその判断をしたのか、どのアクションを実行したのかを追跡できる監査ログの仕組み(AIガバナンス機能)を導入当初から設計に組み込むことが重要です。これは将来的な法規制対応(EU AI Act等への準拠)を見据えても不可欠な要素となります。
