20 1月 2026, 火

エヌビディア一強への挑戦状:米Mythicの巨額調達に見る「アナログAIチップ」とエッジAIの現在地

AIチップ市場におけるエヌビディアの支配が続く中、米スタートアップMythicが1億2500万ドルの資金調達を実施しました。同社が強みとする「アナログAIチップ」技術は、デジタル方式に比べて圧倒的な低消費電力を実現するとされています。本稿では、このニュースを起点に、クラウド偏重からエッジデバイスへの実装へと広がるAIの潮流と、日本企業が注目すべきハードウェア戦略について解説します。

「アナログ」への回帰がもたらすブレイクスルー

AI処理、特にディープラーニングの演算において、現在はGPU(Graphics Processing Unit)を中心としたデジタルチップが市場を席巻しています。エヌビディア(Nvidia)がその頂点に君臨していることは周知の事実ですが、これには「消費電力の増大」という大きな課題が付きまとっています。データセンターでの学習や大規模な推論には適していても、電力供給が限られるエッジデバイス(端末側)での利用には限界があるのが実情です。

今回、1億2500万ドル(約180億円規模)を調達した米Mythic社が注目されている理由は、彼らのチップが「アナログ方式」を採用している点にあります。従来のデジタルチップが0と1の信号処理を高速に行うのに対し、アナログチップは電流の強弱などを利用して演算を行います。これは人間の脳の神経回路(ニューラルネットワーク)の挙動に近く、特に「推論(Inference)」フェーズにおいて、デジタル方式よりも桁違いに低い消費電力で処理を行うことが可能です。

クラウドからエッジへ:日本企業にとっての勝機

生成AIブーム以降、多くの日本企業がLLM(大規模言語モデル)の活用を模索していますが、その多くはクラウド上のAPIを利用する形にとどまっています。しかし、製造現場のFA機器、自動運転車、監視カメラ、あるいはドローンといったデバイス上でAIを動かす「エッジAI」の領域では、通信遅延や通信コスト、そして何より消費電力がボトルネックとなります。

日本は伝統的に、自動車やロボティクス、精密機器といったハードウェアと組み込みソフトウェアの領域に強みを持っています。Mythic社のような低消費電力チップの台頭は、これまで「重すぎて搭載できなかった」高度なAIモデルを、バッテリー駆動の小型デバイスや熱を持たせられない精密機器に組み込める可能性を示唆しています。これは、SaaSやクラウドサービスで米巨大テック企業に後れを取っている日本企業にとって、ハードウェアとのすり合わせ技術で巻き返す好機とも捉えられます。

データガバナンスとプライバシーの観点

技術的なメリットに加え、ガバナンスの観点からもエッジでのAI処理(オンデバイスAI)は重要性を増しています。クラウドにデータを送信して処理する場合、機密情報やプライバシーデータの漏洩リスク、あるいは各国のデータ保護規制(GDPRや日本の改正個人情報保護法など)への対応が必要となります。

アナログAIチップのような技術を用いて端末内で処理を完結させることができれば、外部へのデータ送信を最小限に抑えることができます。これは、金融機関、医療現場、あるいは工場の極秘製造ラインなど、セキュリティ要件が極めて高い日本企業の現場において、AI導入のハードルを大きく下げる要因になり得ます。

アナログ技術の課題とリスク

一方で、アナログAIチップには特有の課題も存在します。デジタル処理に比べてノイズの影響を受けやすく、厳密な計算精度が求められるタスクには不向きな場合があります。また、開発環境やツールチェーン(ソフトウェアエコシステム)がエヌビディアの「CUDA」ほど成熟していないため、実装には高度なエンジニアリング能力が求められます。

ベンチャー企業であるMythic社の技術を採用する場合、長期的な供給安定性やサポート体制といったサプライチェーンリスクも考慮に入れる必要があります。したがって、すべてのAI処理を置き換えるのではなく、クラウドで行う学習・大規模処理と、エッジで行う即時推論をどう使い分けるかというアーキテクチャ設計が重要になります。

日本企業のAI活用への示唆

今回のニュースは、単なる「新しいチップが出た」という話にとどまらず、AI活用の主戦場がクラウドから物理世界(エッジ)へと広がりつつあることを示しています。

  • 「適材適所」のハードウェア選定: AI導入=GPUサーバーの確保、という固定観念を捨て、用途(特に推論・エッジ側)によっては、NPU(Neural Processing Unit)やアナログチップといった低消費電力の選択肢を検討の遡上に載せるべきです。
  • 組み込みAIでの差別化: 日本のお家芸である製造業やハードウェア製品に、低電力なAIチップを組み込むことで、オフラインでも高度な判断ができる「インテリジェントな製品」を開発し、差別化を図ることが可能です。
  • ガバナンス戦略としてのオンデバイス化: データを外に出さない(出せない)業務領域において、AI活用をあきらめるのではなく、エッジコンピューティングによる解決策を模索することで、コンプライアンスとDXを両立できます。

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