生成AIは契約書や同意書といった重要文書の作成において、どの程度信頼できるのでしょうか。欧州の皮膚科領域で行われたChatGPTによる説明同意書作成に関する研究結果を題材に、生成AIの出力品質のばらつきや正確性の課題を分析します。その上で、日本の法規制や商習慣に照らし合わせ、企業がAIを実務に導入する際に押さえるべきガバナンスと運用のポイントを解説します。
医療分野における生成AI活用の実験と現実
生成AI、特に大規模言語モデル(LLM)のビジネス活用において、「ドキュメント作成の効率化」は最も期待される領域の一つです。最近、美容皮膚科領域においてChatGPTを用いて患者向けの説明同意書(インフォームド・コンセント・フォーム)を作成させるという興味深い研究結果が報告されました。この研究によると、ChatGPTは一定レベルの同意書を作成する能力を示したものの、その出力内容にはばらつき(Variability)があり、皮膚科専門医によるレビューが不可欠であると結論付けられています。
医療におけるインフォームド・コンセントは、患者の身体的リスクや法的権利に関わる極めて重要なプロセスです。この事例は、医療業界に限らず、契約書、利用規約、社内規定といった「法的拘束力や説明責任を伴う文書」をAIに生成させる際のポテンシャルとリスクを端的に表しています。
「もっともらしさ」の裏に潜むリスクと限界
この研究で指摘された「出力のばらつき」は、企業がLLMを導入する際に直面する共通の課題です。生成AIは確率論的に次の単語を予測して文章を生成するため、同じプロンプト(指示)を入力しても、毎回同じ品質や内容の回答が得られるとは限りません。
日本のビジネス実務、特に法務やコンプライアンス関連の業務においては、用語の厳密な定義やリスクの網羅性が求められます。AIが作成した文書が、一見すると流暢で論理的に見えても、重要な免責事項が抜け落ちていたり、日本の法律(例えば消費者契約法や個人情報保護法など)に適合しない条項が含まれていたりする可能性があります。また、事実とは異なる情報を生成する「ハルシネーション」のリスクも完全には排除できていません。
したがって、AIを「完成品の作成者」としてではなく、「ドラフト(草案)作成のアシスタント」として位置付けることが、現時点での最適解と言えます。
日本企業への示唆:ドキュメント生成におけるAI活用の要諦
今回の事例を踏まえ、日本企業が契約書作成や規定類の整備、あるいは顧客向け説明資料の作成に生成AIを活用する際の実務的な示唆を以下に整理します。
1. Human-in-the-Loop(人間による確認)の制度化
AIが出力した文書をそのまま顧客や取引先に提示することは、重大なコンプライアンスリスクを招きます。必ず専門知識を持つ人間(法務担当者、エンジニア、各部門の責任者など)が内容を査読し、修正を加えるプロセスを業務フローに組み込む必要があります。AIは「0から1」を作る労力を削減しますが、「1から10(完成)」にする責任は人間が負うべきです。
2. プロンプトエンジニアリングとテンプレートの標準化
出力のばらつきを抑制するためには、入力する指示(プロンプト)の品質を高めることが重要です。例えば、「同意書を書いて」という曖昧な指示ではなく、「日本の特定商取引法に基づき、以下の要素を含めたクーリングオフに関する条文を作成してください」といった具体的かつ制約条件を設けた指示を与えることで、回答の精度と安定性は向上します。組織内で効果的なプロンプトをテンプレート化し、共有することも有効です。
3. 生成AI利用ガイドラインの策定
機密情報や個人情報をパブリックなAIモデルに入力しないことは基本中の基本ですが、さらに「どのような重要度の文書までAI利用を許可するか」という社内ガイドラインを策定することが推奨されます。例えば、社内向けの連絡文書はAI利用を推奨する一方、対外的な契約書はAI作成後に必ず法務確認を経ることを義務付けるなど、リスクに応じた使い分けが肝要です。
生成AIは強力なツールですが、万能ではありません。特に日本の商習慣では「信頼」と「正確性」が重んじられます。テクノロジーのメリットを享受しつつ、ガバナンスを効かせた運用設計を行うことが、企業の競争力向上につながります。
