19 2月 2026, 木

「SaaSは死んだ」は本当か? 最先端AI企業が既存ソフトウェアを使い続ける合理的な理由

生成AIの進化により「AIがソフトウェアを代替する(SaaS is dead)」という極端な議論が一部でなされています。しかし、ZoomInfoのCEOであるHenry Schuck氏は、世界で最も高度なAI技術を持つ企業たちこそが、依然としてSaaSを重用している事実を指摘しました。本記事では、この逆説的な現状を紐解き、日本企業がAI時代に取るべきIT投資と活用のスタンスについて解説します。

「AIがアプリを作る」時代のBuild vs. Buy

昨今、シリコンバレーを中心に「SaaSはオワコン(SaaS is dead)」という過激な主張が散見されます。大規模言語モデル(LLM)や自律型AIエージェントが進化すれば、ユーザーの要望に応じて瞬時にカスタムソフトウェアが生成され、月額課金のSaaSは不要になるというシナリオです。

しかし、ZoomInfoのCEOであるHenry Schuck氏がLinkedInで指摘した事実は、これとは対照的です。OpenAIやAnthropicといった、世界最高峰のAI技術を開発している企業自身が、CRMにはSalesforceを、コミュニケーションにはSlackを、人事管理にはWorkdayを使用しているのです。

彼らは世界で最も優秀なエンジニアと最高のAIモデルを保有しています。自社業務に最適化したCRMを「自作(Build)」することは技術的に十分可能です。それでも彼らが「購入(Buy)」を選ぶ理由は、ビジネスにおける合理性にあります。

SaaSが提供するのは「機能」だけではない

なぜAI企業はSaaSを使い続けるのでしょうか。それは、エンタープライズSaaSが単なる「機能の集合体」ではなく、「完成されたベストプラクティス」と「データガバナンスの基盤」を提供しているからです。

例えばCRMを一から構築する場合、単にデータベースとUIを作れば良いわけではありません。セキュリティ設定、権限管理、監査ログ、他ツールとのAPI連携、そして営業プロセスの標準化など、膨大な「非機能要件」を満たす必要があります。これらを自社開発し、維持・保守し続けるコストは、SaaSのライセンス料を遥かに上回ります。

特に重要なのは「System of Record(記録のシステム)」としての信頼性です。AIは確率的に動作するため、ハルシネーション(もっともらしい嘘)のリスクを完全には排除できません。基幹業務においては、AIが生成する動的なインターフェースよりも、SaaSが提供する堅牢なデータベース構造と、予測可能なワークフローの方が、現時点では遥かに安全で効率的です。

日本企業のAI活用への示唆

この議論は、DX(デジタルトランスフォーメーション)を進める日本企業にとっても重要な示唆を含んでいます。

1. 「AIによるスクラッチ開発」の罠を避ける

日本企業は歴史的に、パッケージ製品よりも自社業務に合わせたスクラッチ開発(手組)を好む傾向があります。「AIを使えば安くシステムが作れる」と考え、SaaS利用から独自開発へ回帰しようとする動きがあるかもしれません。しかし、これは「保守の悪夢」を招くリスクがあります。AIが書いたコードであっても、その後のセキュリティパッチやOSアップデートへの対応、バグ修正は人間(またはAI)が継続的に行う必要があり、技術的負債になりかねません。

2. コア業務とノンコア業務の峻別

最先端AI企業がそうしているように、人事、経理、一般的な営業管理などの「差別化につながらない業務(ノンコア)」は、AI機能が組み込まれた既存のSaaSを利用するのが正解です。一方で、自社独自のデータ資産を活用したサービス開発や、競争力の源泉となる特殊な業務プロセス(コア)には、積極的にLLMを活用した独自アプリケーション開発を行うべきです。

3. SaaS選定の新基準:AI親和性

今後SaaSを選定する際は、「AI機能がどれだけ内蔵されているか(Copilotなど)」に加え、「APIが充実しており、自社のAIエージェントから操作しやすいか」が重要な基準になります。SaaSを捨てるのではなく、SaaSを「AIの操縦席」あるいは「信頼できるデータソース」として位置づけ、その上で自社独自のAI活用レイヤーを構築することが、最も現実的かつ効果的な戦略と言えるでしょう。

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