生成AIの導入が進む中、多くの現場で「回答の質」に対する妥協が無意識のうちに起きている可能性があります。スタンフォード大学のジェレミー・アトリー氏が指摘する「適当な回答への安住」という課題を出発点に、デザイン思考の観点からAIをどう活用すべきか、日本のビジネス慣習や組織文化に照らし合わせて解説します。
「そこそこの回答」に満足してしまう脳の癖
ChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)は、私たちの問いかけに対して瞬時に、そして流暢に回答を生成します。しかし、スタンフォード大学でデザイン思考を教えるジェレミー・アトリー(Jeremy Utley)氏が指摘するように、この利便性は諸刃の剣です。人間には、問題解決において認知的な労力を最小限に抑えようとする「認知のけち(Cognitive Miser)」と呼ばれる傾向があります。そのため、AIが提示した「ある程度筋の通った、そこそこの回答(Adequate Answer)」を見ると、そこで思考を停止し、それを最終解として採用してしまうリスクがあるのです。
ビジネスの現場、特にスピードが求められる環境では、70点〜80点の回答が即座に得られることは魅力的です。しかし、新規事業開発や差別化が求められるプロダクト設計において、この「満足化(Satisficing)」の罠に陥ることは致命的です。競合他社も同じツールを使っている以上、AIが最初に出す「平均的な正解」に頼るだけでは、コモディティ化(一般化)したサービスしか生まれないからです。
日本企業の「正解主義」とAIの相性
この課題は、日本の企業文化においてより顕著に現れる可能性があります。日本の教育やビジネス慣習では、伝統的に「唯一の正解」を効率よく導き出すことが重視される傾向にあります(いわゆる正解主義)。そのため、AIをも「正解を教えてくれる先生」あるいは「検索エンジンの進化版」として捉えてしまうケースが少なくありません。
しかし、生成AIの本質的な価値は、正解を出すことではなく、確率的にあり得る多様なパターンを提示できる点にあります。デザイン思考の第一歩は「発散(Diverge)」ですが、日本企業での会議や企画プロセスでは、早期に合意形成(コンセンサス)を図ろうとして「収束(Converge)」を急ぐ傾向があります。AIが生成した「もっともらしい案」は、社内稟議を通すための無難な材料としては機能するかもしれませんが、イノベーションの種を摘んでしまう可能性があることを認識すべきです。
「バリエーションの生成機」として使い倒す
では、実務においてどのようにアプローチを変えるべきでしょうか。重要なのは、AIを「答え合わせのツール」ではなく「思考の幅を広げるスパーリングパートナー」として位置づけることです。
プロンプトエンジニアリング(AIへの指示出し技術)の観点からは、単に「〇〇の解決策を教えて」と問うのではなく、「〇〇という課題に対して、互いに矛盾する視点から10個の解決策を出して」「常識外れのアイデアを5つ挙げて」といった形で、強制的にバリエーションを出させる手法が有効です。LLMは疲れることなく、人間が思いつかないような突飛な組み合わせも提示してくれます。その中から、人間の文脈理解力と感性で「きらりと光るもの」を選び取る(キュレーションする)ことこそが、これからの人間に求められる役割です。
リスク管理とガバナンス:ハルシネーションの先にあるリスク
AIのリスク管理(AIガバナンス)というと、日本企業では情報の正確性やハルシネーション(事実に基づかない嘘の生成)、著作権侵害、個人情報漏洩といった「守り」の側面が重視されがちです。これらは当然重要ですが、ビジネス戦略上のリスクとして「凡庸化のリスク」も考慮に入れるべきです。
AIに依存しすぎて思考プロセスがブラックボックス化すると、なぜその意思決定に至ったのかを説明できなくなる恐れがあります。また、AIモデル自体が学習データに含まれるバイアスを反映するため、無自覚に使用すると、特定の社会的・文化的偏見を再生産してしまう可能性もあります。倫理的な公平性を担保しつつ、創造性を発揮するためには、「AIが出したものをそのまま使う」のではなく、必ず専門家や担当者が批判的に吟味するプロセス(Human-in-the-Loop)を業務フローに組み込むことが不可欠です。
日本企業のAI活用への示唆
以上の議論を踏まえ、日本の意思決定者や実務者が意識すべきポイントを整理します。
- 「効率化」と「創造」の分離:議事録要約や定型メール作成などの「効率化」領域ではAIの即時回答を活用する一方、企画や戦略立案などの「創造」領域では、AIにあえて異論を唱えさせたり、多数の案を出させたりするプロセスを設計してください。
- 「正解」ではなく「視点」を求める:AIを「答え」として扱うのではなく、社内の同質性を打破するための「外部の視点」として活用しましょう。忖度のないAIのフィードバックは、硬直化した組織の議論を活性化させる触媒になり得ます。
- 評価軸の再定義:AI活用のKPI(重要業績評価指標)を「時間短縮」だけで測るのではなく、「案の多様性」や「これまでになかった視点の発見数」など、質的な変化にも目を向ける必要があります。
- 批判的思考(クリティカルシンキング)の復権:AIが高度化するほど、人間には「問いを立てる力」と「出力されたものを疑い、選別する目利き力」が求められます。人材育成においては、ツール操作のスキルだけでなく、こうした基礎的な思考力の強化が急務です。
