18 2月 2026, 水

創薬プロセスにおけるAI活用の深化:MITの「コドン最適化」事例が示す、製造・生産現場へのAI実装

MITの研究チームが、酵母を用いたタンパク質製剤の生産において、AIを活用して「コドン配列」を最適化し、製造コストを大幅に削減できる可能性を示しました。この事例は、これまで探索(Discovery)フェーズが中心だった科学領域でのAI活用が、生産・製造(Manufacturing)プロセスの最適化という、より実務的かつ経済的インパクトに直結するフェーズへ移行しつつあることを示唆しています。

探索から「製造」へ広がるAIの役割

これまで製薬業界におけるAI活用といえば、AlphaFoldに代表されるようなタンパク質構造予測や、新規化合物を見つける「創薬探索(Drug Discovery)」が主戦場でした。しかし、今回MITが発表した研究は、そこから一歩進んだ「製造プロセス」に焦点を当てています。

研究チームは、酵母を使ってタンパク質医薬品を製造する際、遺伝暗号である「コドン」の配列をAIで最適化しました。同じアミノ酸を指定するコドンでも、生物種によって「読み取りやすさ」が異なります。AIを用いて酵母にとって最適なパターンを予測させることで、タンパク質の生産効率を最大化しようというアプローチです。これは、工場のラインにおけるボトルネックをAIで解消し、歩留まりを向上させる取り組みと本質的には同じです。

生成AI×サイエンス(AI for Science)の潮流

このニュースは、生成AIや機械学習の適用範囲が、テキストや画像の生成から、物理・化学・生物学といった「実世界(Physical World)」のパラメータ最適化へと急速に拡大していることを象徴しています。

特に、大規模言語モデル(LLM)のアーキテクチャを生物学的配列(DNAやアミノ酸)に応用する手法は、世界的なトレンドです。今回のMITの事例のように、単に「新しいものを作る」だけでなく、「安く、大量に、安定して作る」ためのパラメータ探索にAIを使うことは、ビジネスにおけるROI(投資対効果)が非常に明確であり、今後企業での導入が加速する領域と言えます。

日本の産業特性と「ウェット」なAI活用の可能性

日本は、発酵技術や化学素材、高機能材料といった「モノづくり」の領域で世界的な強みを持っています。古くからの醸造技術の延長線上にあるバイオものづくりや、精密な化学合成プロセスは、実はAIによる最適化と非常に相性が良い領域です。

しかし、ここで課題となるのが「データ」です。Web上のテキストデータとは異なり、実験室(ウェットラボ)で得られる高品質な実験データは、企業内に閉じており、かつ量が限られています。日本企業がこの分野で勝つためには、過去の実験ノートや製造ログをデジタル化し、AIが学習可能な形式(構造化データ)に整備する「MLOps」ならぬ「LabOps」の視点が不可欠です。

実装におけるリスクと課題

一方で、実務的な課題も残ります。AIが予測した「最適な配列」や「最適な製造条件」が、生物学的に不安定であったり、予期せぬ不純物を生成したりするリスク(AIのハルシネーションに相当する現象)はゼロではありません。

また、医薬品や化学品など規制産業においては、AIが導き出したプロセスの「説明可能性」と「再現性」が厳しく問われます。日本のPMDA(医薬品医療機器総合機構)などの規制当局もAI活用に関するガイドライン整備を進めていますが、ブラックボックス化したAIモデルの判断をどこまで品質保証の根拠とできるかは、依然として議論の余地があるテーマです。

日本企業のAI活用への示唆

今回の事例を踏まえ、日本の意思決定者やエンジニアは以下の点を意識すべきです。

第一に、「探索」だけでなく「工程最適化」への投資です。新規事業開発だけでなく、既存の製造ラインや開発プロセスの歩留まり改善にAIを適用することで、短期的なコスト削減と中長期的な技術蓄積の両立が狙えます。

第二に、「ウェット(実験・現場)とドライ(AI・解析)のループ」の構築です。AIエンジニアと現場の専門家(研究者や製造担当)が分断されている組織では成果が出ません。現場のフィードバックを即座にAIの再学習に回す「アクティブラーニング」のサイクルを回せる体制が、競争力の源泉となります。

第三に、ガバナンスとデータ基盤の整備です。AIによる最適化結果を盲信するのではなく、必ず小規模な実証実験で検証するプロセスを業務フローに組み込むこと。そして、その検証結果を再びデータとして蓄積する基盤を作ることが、AI時代のモノづくりにおける成功の鍵となります。

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