インドのG20シェルパを務めるアミターブ・カント氏が「インドは米国以上にChatGPTにデータを提供している」と指摘し、自国製AIモデル構築の必要性を訴えました。この発言は、海外製AIへの依存度が高い日本企業にとっても対岸の火事ではありません。グローバルな開発競争の中で、日本企業が取るべき「データ主権」と「現実的なAI活用戦略」について解説します。
「AIの利用者」に留まることのリスク
インドで開催された「India AI Summit」において、同国のG20シェルパ(首脳個人代表)であるアミターブ・カント氏は、OpenAI社のChatGPTに対するインドからのデータ提供量が米国を上回っている(33%とされる)現状を指摘し、「独自のAIモデルを構築すべきだ」と強く提言しました。この発言の背景には、巨大な人口とデータ量を持つインドが、単なる「巨大テック企業の顧客」や「データ供給源」に留まることへの強い危機感があります。
これは日本にとっても全く同じ構図と言えます。日本はChatGPTの利用率が高い国の一つですが、基盤となる大規模言語モデル(LLM)の多くは米国企業に依存しています。もちろん、ビジネス版の契約(ChatGPT EnterpriseやAzure OpenAI Serviceなど)では学習データへの利用をオプトアウト(除外)する設定が一般的ですが、カント氏の指摘の本質は、「AIインフラそのものを海外に握られること」への懸念にあります。
「ソブリンAI」と経済安全保障の観点
現在、世界中で「ソブリンAI(主権AI)」という概念が注目されています。これは、自国のデータ、計算資源、人材を用いて開発・運用されるAIモデルを持つべきだという考え方です。日本国内でも、NTT、NEC、ソフトバンク、そしてSakana AIのようなスタートアップが国産LLMの開発を急ピッチで進めています。
日本企業がAIを活用する際、特に金融、医療、公共インフラなどの機微な情報を扱う領域では、データの保存場所(データレジデンシー)や準拠法が日本国内であることが求められるケースが増えています。海外プラットフォーマーのポリシー変更や、地政学的なリスクによるサービス停止の影響を最小限に抑えるためにも、選択肢として「国産モデル」や「オンプレミス(自社運用)に近い環境」を持っておくことは、BCP(事業継続計画)の観点からも重要です。
実務における「マルチモデル戦略」の推奨
しかし、現時点での性能(推論能力やコーディング能力など)において、GPT-4oやClaude 3.5 Sonnetなどの海外トップモデルが優位であることは否めません。ここで日本企業が取るべきは、排他的な国産回帰ではなく、「適材適所のマルチモデル戦略」です。
例えば、以下のような使い分けが現実的です。
- 高度な論理的タスク・プログラミング支援:海外製の最高性能モデルを利用(ただし、個人情報や機密データはマスキング処理を行う)。
- 社内規定・顧客データ・日本独自の商習慣に関わる処理:日本語処理に特化した国産モデルや、自社専用にファインチューニングした軽量モデル(SLM)をセキュアな環境で利用。
一つの巨大なAIにすべてを依存するのではなく、タスクの重要度と機密性に応じてモデルを使い分ける「オーケストレーション」の機能が、今後のAIシステム開発では鍵となります。
日本企業のAI活用への示唆
インドからの発言を契機に、日本企業が再考すべきポイントは以下の3点に集約されます。
- データガバナンスの再定義:自社のデータが「どの国のサーバーで」「どのように処理されているか」を正確に把握し、契約上の学習利用の有無をエンジニアだけでなく法務部門とも連携して確認すること。
- 依存リスクの分散:特定の海外ベンダー1社に依存するのではなく、APIの互換性を維持したり、オープンソースモデル(Llama 3等)を自社基盤で動かす検証を行うなど、スイッチングコストを下げる設計を意識すること。
- 日本語性能と文化適合性の重視:海外モデルは日本語も流暢ですが、日本の独特な「空気を読む」文脈や、複雑な法令対応においては、国産モデルの方が調整コストが低い場合があります。用途に応じて国内ベンダーの技術も積極的に評価・採用すること。
AIは単なる便利ツールから、企業の競争力を左右するインフラへと変化しています。「データを提供する側」から「データを戦略的に管理・活用する側」へ、意識を転換する時期に来ています。
