米ディズニーやパラマウントが、ByteDance(バイトダンス)のAIサービスに対し、知的財産権侵害を理由に警告書を送付したことが報じられました。生成AIの焦点がテキストや静止画から「動画」へとシフトする中で顕在化したこの事例は、日本企業にとっても対岸の火事ではありません。本稿では、動画生成AIの進化に伴う法的リスクの所在と、日本の法規制や商習慣を踏まえた実務的なガバナンスのあり方について解説します。
動画生成AIを巡る「IPホルダー vs プラットフォーマー」の対立構造
米国のエンターテインメント大手であるディズニーとパラマウントが、TikTokの親会社であるByteDanceに対し、同社のAIサービス(Seedance AI)に関する警告書(Cease-and-Desist Letter)を送付したという報道は、生成AI業界における新たな紛争のフェーズを象徴しています。これまでも画像生成AIやLLM(大規模言語モデル)を巡り、アーティストや作家、新聞社などがプラットフォーマーを訴えるケースは多発してきましたが、本件は「動画領域」かつ「世界的な巨大IPホルダー」が動いたという点で非常に大きな意味を持ちます。
動画生成AIは、OpenAIのSoraやRunway Gen-3、Luma Dream Machineなどの登場により、急速に実用化レベルに近づいています。しかし、それらが生成するコンテンツが既存の映画やキャラクターに酷似してしまうリスク(あるいはユーザーが意図的に似せるリスク)は、静止画以上に複雑な権利処理の問題を引き起こします。今回の事例は、プラットフォーマー側が「ユーザーが生成したもの」として責任を回避することが、今後ますます困難になる可能性を示唆しています。
日本企業が誤解しがちな「機械学習パラダイス」の落とし穴
ここからは日本の法制度とビジネス環境に視点を移します。日本では著作権法第30条の4の存在により、AIの「開発・学習段階」においては、営利・非営利を問わず著作物を広く利用できると解釈されており、世界的に見ても「機械学習に親和性の高い国」とされています。しかし、これを「生成AIで何を作っても許される」と拡大解釈することは、企業にとって致命的なリスクとなります。
実務上、最も注意すべきは「利用・生成段階」です。学習が適法であっても、生成されたアウトプットが既存の著作物と「類似」しており、かつその著作物に「依拠」している(アクセス可能であった)場合、それは著作権侵害となります。特に動画の場合、キャラクターの造形だけでなく、特徴的な動きや演出、構成が模倣される可能性があり、静止画よりも権利侵害の認定要素が複雑になります。
日本企業、特にコンプライアンスを重視する大企業においては、「どのAIモデルを使うか」という選定基準に、学習データの透明性や、生成物が権利侵害を犯した場合の補償(Indemnification)条項の有無を含めることが、今や必須の要件となりつつあります。
生成AI活用の現場における「ガードレール」の必要性
マーケティング素材の作成や社内研修動画、あるいは新規サービスのUI/UXにおいて動画生成AIを活用しようとする動きは、国内でも活発化しています。しかし、現場のエンジニアやクリエイターに「自由に使わせる」だけの運用は危険です。
企業は技術的なガードレールと組織的なルールの両面で対策を講じる必要があります。技術的には、プロンプト(指示文)に特定のキャラクター名や作品名が含まれている場合に生成をブロックするフィルタリング機能の実装や、入力データのサニタイズが求められます。組織的には、「生成物が既存のIPに似ていないか」を人間が最終確認する(Human-in-the-loop)プロセスの義務化が重要です。
また、生成AIを利用した成果物であることを明示するかどうかのガイドライン策定も急務です。消費者の信頼を損なわないため、また将来的な法規制(例えば欧州AI法や国内のステマ規制等の文脈)に対応するためにも、透明性の確保は企業の社会的責任となります。
日本企業のAI活用への示唆
今回のディズニー・パラマウントの事例を踏まえ、日本のビジネスリーダーや実務担当者は以下のポイントを再確認すべきです。
- 「学習」と「利用」の法的区別を徹底する:開発段階の法的な柔軟さと、商用利用段階の厳格な著作権リスクを混同せず、社内教育を徹底する。
- ベンダー選定基準の厳格化:利用する動画生成AIツールが、権利侵害対策(学習データのクリーン化や出力フィルタリング)をどの程度行っているか、契約上の免責範囲はどうなっているかを確認する。
- リスクベースのアプローチ:社内向けの資料作成と、社外向けの広告・プロダクト実装ではリスクの許容度が異なる。用途に応じた利用ガイドラインと承認フローを整備する。
- 創作意図の記録:万が一の紛争に備え、どのようなプロンプトを入力し、どのような意図で生成したかというプロセス(AI開発・利用のログ)を記録・保存する体制を整える(MLOpsの一環としてのコンプライアンス)。
生成AIは強力な武器ですが、既存の権利関係を無視して成立するものではありません。技術の進化を享受しつつも、法務・知財部門と連携し、持続可能なAI活用基盤を築くことが、日本企業の競争力を高める鍵となります。
