15 2月 2026, 日

エージェンティックAI(自律型AI)導入における契約モデルの転換点:SaaS型からサービス型へ

生成AIの進化は、対話型のアシスタントから自律的にタスクを遂行する「エージェンティックAI(Agentic AI)」へと移行しつつあります。これに伴い、従来の「SaaS契約(ツールの利用権)」ではカバーしきれない責任範囲や品質保証の課題が浮き彫りになってきました。本記事では、AIエージェント導入時に求められる契約モデルの変革と、日本企業が留意すべきガバナンスのあり方について解説します。

「ツール」から「労働力」への変化

これまでの企業におけるAI導入、特にSaaS(Software as a Service)形態での契約は、「ツールの利用権」を購入するモデルが一般的でした。ユーザーはソフトウェアの稼働率(可用性)に対して対価を支払っており、そのツールを使ってどのような成果を出すかはユーザーの責任でした。

しかし、自律的に思考し、システム操作や意思決定を行う「エージェンティックAI(AIエージェント)」の台頭により、この前提が崩れ始めています。エージェンティックAIは単なるツールではなく、あたかも「デジタルな従業員」や「外部委託スタッフ」のように振る舞います。そのため、単にシステムが動いているかどうかではなく、「正しくタスクを遂行したか」「期待通りの判断を下したか」というパフォーマンスそのものが問われるようになります。

SaaS契約の限界と「サービス型」へのシフト

従来のSaaS契約におけるSLA(Service Level Agreement)は、主にサーバーの稼働時間や応答速度に焦点を当てていました。しかし、AIエージェントの場合、システムが稼働していても「誤った商品を発注した」「不適切なメールを顧客に送信した」といった実務上のミスが発生するリスクがあります。

このため、契約形態は従来のSaaS型から、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)やコンサルティング契約に近い「サービス型」へとシフトする必要があります。具体的には、AIエージェントのパフォーマンスを定義する「エージェンティックSLA」の策定が重要になります。これには、タスク完了率、精度の閾値、エラー発生時のリカバリー手順などが含まれます。

日本特有の契約慣習とAIエージェント

日本企業がこの新しいモデルを適用する際、法的な「請負(完成責任)」と「準委任(善管注意義務)」のどちらの性質を持たせるかという議論が避けられません。従来のAI開発やPoC(概念実証)では準委任契約が主流でしたが、AIエージェントが定型業務を代行する場合、企業側は「結果」を求めがちです。

しかし、現行のLLM(大規模言語モデル)の特性上、100%の正確性を保証することは不可能です。そのため、契約においては過度な完成責任をベンダーに負わせるのではなく、リスク分担を明確にする必要があります。例えば、「AIの判断ミスによる損害の上限」や「人間による監督(Human-in-the-loop)の必須化」を条件に盛り込むなど、現実的な落とし所を探る必要があります。

運用フェーズにおける「評価権」の確立

導入後の運用(Ops)においても変化が必要です。従来のソフトウェアであれば、バグがない限りそのまま使い続けることができましたが、AIエージェントはデータや環境の変化によって挙動が変わる可能性があります。

そのため、発注側の企業は、AIエージェントが契約上のコミットメントやSLAを満たしているかを定期的に監査・評価する権利(Operational Rights)を契約に明記すべきです。これは人事評価に近いプロセスであり、AIが期待される「職務記述書(ジョブディスクリプション)」通りに働いているかを継続的にモニタリングする仕組みと言えます。

日本企業のAI活用への示唆

エージェンティックAIの導入を成功させるために、日本の意思決定者や実務担当者は以下の点に着目して準備を進めるべきです。

  • 調達マインドの転換:AIエージェントの導入を「ソフトウェア購入」ではなく「デジタル労働力の採用」または「業務委託」として捉え直してください。人事部が採用基準を作るように、AIに対する評価基準を策定する必要があります。
  • 具体的で測定可能なSLAの策定:「精度を高くする」といった曖昧な表現を避け、「処理件数あたりのエスカレーション率」や「コンプライアンス遵守率」など、具体的なKPIを契約や仕様書に落とし込むことが重要です。
  • 責任分界点の再定義:AIが誤作動を起こした場合の責任が、ベンダー(モデル提供者)、インテグレーター(実装者)、ユーザー(運用者)のどこにあるのかを事前に明確化してください。特に日本では現場の判断に委ねられるケースが多いため、組織としてのガイドライン制定が急務です。
  • 継続的なモニタリング体制:導入して終わりではなく、MLOps(機械学習基盤の運用)の一環として、エージェントの挙動を監視し、劣化や暴走を防ぐガードレール機能を実装・維持するコストを見積もってください。

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